第6話:危ない女(2)
時は流れて6月下旬。
あれから加藤の隣には常に九重がいた。宣戦布告で仲の良さを見せつけると言った彼女の言葉に二言はなく、暇さえあれば加藤の傍に来てハイテンションでしゃべり続けていた。
では加藤は? というと……まんざらでもなかった。時には鬱陶しいと思う時もあったが、今まで味わってきた孤独に比べれば些細な事であり、様々な雑念から解放してくれる九重と一緒にいるのは、決して嫌ではなかった。
そして、周りは? というと……遠目に離れていても何とも不愉快な感がアリアリなのが見て取れた。九重の思惑通りなのかどうかは不明であるが、何かしらのダメージを与えているのは確かだった。
そんな周りの様子を見ては、何とも勝ち誇った顔をして「ざまーみろ」と呟く彼女をみて……女性の怖さを知った様な気がした加藤であった。
「このあばずれ女めが!」
「この尻軽女!」
「ちょっと若いからっていい気になって!」
「この淫乱女!」
etc…
どれだけの捨て台詞を背後から聞いたであろう。そんな言葉をものともせず挑発的な笑顔で返す九重──加藤はそんな女性達の戦いに背筋に冷たいものが走り、全く生きた心地がしなかった。
共に行動する様になり約1ヶ月──ふと、加藤は一つの疑問が頭を過ぎった。
──コイツ、いつ仕事してるんだ……? 俺も人の事言えないけど、1ヶ月全く仕事という仕事していない様な……職域とか、一切行ってないよな……
基本、国内生保の営業は地区への飛び込み、ないしは職域活動にて行われる。ただ、加藤の様に地区への飛び込みを行う職員はレアであり、通常は決められた職場へ昼休み等に出向く職域活動が主たる仕事──の筈である。
が、九重はこの1ヶ月、一切職域への訪問はせず、毎日昼間から飲んだりカラオケしたり……仕事をしている素振りが一切なかった。
(もしかして、俺と一緒にいる為に、仕事を放棄している……?)
と、朝礼中に思考を過ぎらせている最中──
「──九重さん、4.5件 修S4332万、おめでとう!」
──は?
思わず九重の方を見ると、足組みしながら余裕の笑顔で手を振ってくる──加藤は全く意味が分からなかった。
(昨日も一昨日も一日中一緒にいたのに……いつ契約取ったんだ? しかも3件も……?)
この九重の謎の契約の正体を聞き、加藤は九重の──女性のしたたかさをまじまじと知る事となる。
女の真実?
──喫茶福井
「いや~、今日も楽しかったね~。聞いた? あの捨て台詞。男好きの売女だって。ホント、バリエーション豊かだよね。毎晩、私に言う台詞を考えてると思うと笑えるよねw」
「な、何かターゲットが九重に代わってる様な──」
「元々、私にいい思いしてる人いなかったから、それが爆発しただけだよw」
「ある程度は予想してた事だけど……想像の斜め上いってたよ……ご、ごめん、俺のせいで」
「www 謝らないでよ~。私だってせいせいしてるくらいだから、逆に感謝だよ~。ね? あんな人達だよ? 私が一緒にいて楽しいと思う?」
「……ストレス溜まりまくりだろうね……」
「でしょ? いっつも周りの顔色ばかり伺ったり陰口ばっか。醜いったらありゃしない……だから行き遅れたり男に逃げられるんだよ。女同士で上辺の話や傷の舐めあいしてる暇があったら男にメールの一つでも入れた方がよっぽどか有効だっつ~に」
「……今日はいつもにも増して毒舌だねぇ……って、仕事の話とかしないの? こういうお客さんにはこういう対応した方がいいとか、他社商品研究とか──」
「する筈ないじゃんw セクハラ親父相手に媚び売って一緒に食事して契約取ったとか、そんな話ばっか。やってる事は水商売と何ら変わらないよ、ホント」
「……みんな、そんな風に保険売ってたんだ……知らなかった……素朴に、九重はどうやって保険とってるのさ。なんか今日、契約いれてたけど……いつ仕事してた?」
「私? フィアンセからの紹介だよ。私の契約の大半はフィアンセからの紹介だから」
「──?!」
「50人紹介してくれたら結婚してあげるっていったら、ね♡」
「お、鬼だね……」
「何言ってるの? たったそれだけの事でこの私と結婚できるならラッキーじゃん。出血大サービスだよ」
「ま、まぁ百歩譲ってそれはいいとして……入社時からそんな契約の取り方してたの?」
「ん? 違うよ? 私は婚活目的でこの会社入ったから」
「婚……活?」
「少しでもステータスが高くて条件のいい男を見つけるのに、一番有効だと思ったからね」
「い、意味分からん……それなら合コンとかお見合いパーティとか──」
「上玉はそんな所に行く前に売れちゃうから。上玉が売れる前に切り込まなきゃ。婚活は戦争だからね」
「え、えっと……恋愛とか──」
「たくみ君、若いね~。恋愛なんてのは10代までで卒業しなきゃ。恋愛と結婚は全く別物だから。結婚は打算が全てだよ」
「怖え~よ! うぅぅ……なんか女性に対する見方が変わりそうだよ……」
「男だって似た様なものだから。ステータスを振りまいて女を甘い言葉で騙してとっかえひっかえ遊んだりする人多いし。意外に擦れてない上玉を見つけるのは大変なんだから」
「な、なるほど……」
「話を戻すと、保険会社の営業なら、普段出会う事のない職種の人の所にいけるじゃない。例えば警察署とか市庁とか。で、紆余曲折あって、今のフィアンセを見つけたの♡」
「そ、そう……努力が報われて良かったね。素朴に、クラブは何で──」
「そんなの決まってるじゃん。アンテナは広く貼らないとね。現に、そこでたくみ君を見つけた訳だし」
「な、なるほど……」
「けど、しくったかな~。灯台下暗しだったかな~。1年前に粉かけておけばな~……完全に見誤ったな~……こんなに調教しやすそうな子だったなんて……」
「怖え~よ! バカ!」
「wwwwww」
九重あすかは──想像以上にしたたかで……怖い女だった。
女性の真実(どこまで事実は分からないが)を包み隠さず話しまくる九重、それを聞いてゾッとする加藤。
……こんな意味不明なやり取りが、将来独立系FPへの道のヒントになるとは、当然この時の加藤は夢にも思っていなかった。
挿話?
この話、掲載しようか迷いました。が、これも自分の礎となった印象深い出来事……というか話なので。
「いや! こんな人ばかりじゃないから! 中には仕事にやりがいをもってやってる人もいるんだから、誤解を招く事書かないでよ!」
まぁ……うちのHPでよく言われ続けた事ですが、その典型的な内容に近いですよね、これ。
「私は婚活の為に保険会社に入って来た」
当初の自分は、度肝を抜かれましたぜ……一体何を言っているんだ、この女は、と。ただ、流石に九重の様に堂々と「婚活で」というのは稀でしょうが、結果的にお客とデキちゃったり、社内の男の人とデキちゃって結婚というケースはそこそこ見てきました。
ま、時効なので書いちゃいますが、うちの営業所にいた男の人は全て「社内恋愛」を経て結婚したという……ね。(当然、大まかに30歳未満の子限定の話ですが)
まぁ……九重には色々教えて貰いました。女の本性というかしたたかさというか何というか……そして、営業の実態とか……話を聞いているうちに、
「こんなクソみたいな業界、ぶっ潰してやる……!」
な~んて思いが徐々に……今思うと、微妙に危険思想入ってましたね、自分。
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