大きな声では言えない生保会社の裏事情~バックナンバー~

大きな声では言えない生保会社の裏事情 ~vol.23~

大きな声では言えない生保会社の裏事情~バックナンバー~
スポンサーリンク

大きな声では言えない生保会社の裏事情 ~vol.23~

前書き

本編です。
なんか風邪がハヤってるみたいですねぇ。自分もカゼでダウンして暇だったのでとりあえずざっと書いてみました。

今日みたいな内容はいかがでしょう? 好評なら今後も書いていきます。

日記

~某外資生保の代理店説明~

資料を請求したらいきなり電話がかかってきた。で、直接会ってって話すことになった。

で、話を聞くこと約二時間、感想はというと『なんでみんな代理店やらないのだろう?』でした。

  • コミッションは当然代理店のが格段にいい。
  • 保全関係、これ担当の人がいるので特に必要なし。
  • 書類関係、郵送のみ。
  • ノルマ、もちろんありません。
  • パンフや設計書は無料で支給。設計書とかはいえば作成してくれる。
  • 研修は無料で自由にうけれる。
  • パソコンはレンタル可能。

・・・はっきりいっていち営業職員として動くのとなんら変わらない、というかさらにラクなくらいです。で、代理店登録料が3200円のみ。一般課程の試験を受ければO.K.

・・・もっとはやく動くべきでした、これは。外資さんや既に代理店をされている人からいえば『何言ってるねん』って感じでしょうけど、国内生保にいた自分としては外の世界はなんておいしいんだろう、って思います。

これを読んでる生保のみなさん、よかったら一度代理店を考えてみませんか? 思っている以上に簡単になれていいですよぉ!

~あさひ銀行~

なんか会社名義の口座を作ってから窓口のおばちゃんがここにいくたびに話しかけてくる。自分の担当にでもなっているんだろうか?

カードでお金を金を下ろしていたら、

『今日は何しにきたの?』
『やりかた分かる?』
『これはねぇ、──でこうやると便利なんだよ。でこれは──』

まぁいろいろ教えてもらえるのはいいんだけど、ちょっと、ねぇ・・・

印象に残ったお客の出来事~自分の販売が変わったきっかけ~

ふと思い浮かべるといろんなお客さんがいました。

そう、自分は元々国内生保のバリバリの営業マンでした。1年目の販売件数のうち、3件以外は全て定期付き終身。いやぁ~、いわゆる『国内生保営業の鏡』的存在でしたねぇ。この頃は『保険=定期付終身=収入が一番いいから』でしたし、なんの疑いもなくやってましたから、ねぇ。

で、その販売というか商品にふと疑問を抱いた出来事というかお客さんの話をします。

一つめは自己取り扱いの人が交通事故により保険金が支払われるという出来事。入社2年目の5月でした。当然『定期付終身』で3500万のもの。加入して半年だったので奥さんにすごく感謝された。

で、この言葉にふと違和感を感じました。

『今までは100万ためるのに必死だったのに今じゃ100万なんてたいしたことないって思っちゃうんだよねぇ』

被害者だったので(追突)、相手からは慰謝料で1億ちょっと、障害年金で月45万、会社から1000万と月10万ちょっとのお金が入ってきたのです。

結果、うちには(自分には)4000万の一時払いもの、(子供たちにも月かけの保険を数本)、すまいは2DKのアパートから都心の高級マンションへと生活そのものが変わっていき、さらに人格までもが変わっていきました。

~保険で人生が変わるのか???~

で、2つめは自分のなじみの子の話。
彼女(当時23)は1年ずっと説得したのにもかかわらず保険にはいらなかったツワモノでした。まぁ週に1度のなじみ活動は欠かしたことがなかったのでかなり仲良くはなりましたが。

ある日、彼女から電話がありました。

『お母さん、3ヶ月前に保険入ってたことにできない?』

『──は?』

聞くところによると、彼女のうちは父親が存在しないとの事。(今まで家庭の話は一切しなく、独り暮らしをしていた) つまり、彼女を含め4人は全て『愛人』、しかもそれぞれ違う人によって生まれてきたとの事らしい。

で、そんな毋なので当然親戚たちとは縁が切られており、さらに生活苦の為『国民年金』はおろか、『健康保険』すら入っていなかったのである。

ただ、出来ないものは出来ないのでまぁ話の相手をしてあげただけで(夜の3時くらいに2時間程)終わった。

数日後、健康保険は入院した後でも『同時加入』という事で実費を払うことは免れる等の事を調べあげ、それを彼女に伝える為に電話した。

『あぁ、たくみ君? んとねぇ・・・』

(なんだ、大した事なかったのかな? って、それなら連絡してこいよ!)

『お母さん、死んじゃった』

(──?!)

『・・・これからどうしたらいいのかなぁ・・・』

(・・・・・)

23歳で15歳、14歳、さらにダウン症の10歳の子の世帯主にならなければいけない彼女、唖然とするのも当然です。どんな形にせよ、関わりをもったからには突き放せないのが自分の心情。

『俺が何とか、してみるよ』

『・・・ありがとね、頼りにしてるね』

・・・思わずそう言ってしまったものの、すぐに後悔しました。

──何が何とかする、だよ……俺が養うのか?

とりあえず、市役所に相談にいきました。

『──という事情なんですけど、どうしたらいいですかね?』

県営のうちにすれば家賃がかなり浮く、けど国民年金に入ってないから遺族年金でないし、ぐらいしか知りませんし期待してませんでした。

が、話を聞いてみると、いろんな市からの手当てが出るわ出るわでびっくりしました。ぶっちゃけた話、今までよりもいい暮らしができるくらい手当てや援助がでる事実が分かりました。(授業料免除とか乗り物がタダになったりetc…)

『・・・何か、知らないって損だね。日本って、いい国だね』

彼女にその事実を資料と共に教えた時の言葉です。

『私、保険に入った方がいいのかなぁ?』

『・・・・・』

販売の鬼と言われていた当時の自分が、「そりゃ入った方がいいよ!」と言えなかったのはよく覚えています。

 

~保険って、本当にいるものなのか?~

長~くなりましたが、ここぐらいからでしょうか? 自分の商売に疑問を持ちはじめたのは。

保険が出て生活が変わる?
保険がなくても国や市の保障で何とかなる?
何かアベコベだなぁ・・・

で、ここからFPというものを勉強しはじめていくことになったのです。

ちょいと極端な例かもしれませんが、実際に3ヶ月の間に起こった話です。この事がなかったら今でも『営業のカガミ』をやっていたかもしれません。

*こんな経験・話を募集します。よかったら投稿してきてください。

前の話 目次  次の話 

コメント

タイトルとURLをコピーしました