第二部 第16話 理想と現実
先月の結果は書くまでもない。取れない時はとことん取れない。不思議なもので、気持ちの持ち方により、契約が面白いように取れる時もあれば、この2ヶ月のようにさっぱり何をやってもダメ……という感じになってしまう。
ただ……冷静に考えれば、先々月も先月も成績は上げていたけど……控除件数が大きい為、マイナス。……マイナス4.5件がマイナス1.5件になっても……給料は変わらないのよね……
──10月。
ようやく(というが当たり前の事なのだが)控除がなくなり、やっとマイナス地獄から逃れられそう、とホッとしていたのもつかの間。……営業部長から呼び出しがかかった。
「今までのマイナス件数と資格について話があるんだが……」
(うわ、来たぁ~……わ、私だって言い分あるのよ。この際、相談してしまえ!)
「はい……ゆっくりお話をしたいので、別の場所で話をしたいんですが」
……営業部内で話をするには、感情が昂ぶ昂ってしまう。私は温厚で通っているので、今までのいきさつを話すにはとてもこんな所で話をする気分にはなれなかった。そう! 私もマックスまで怒りが溜まっていたのだ。
いつもの私とはオーラが違う・雰囲気が違うと思ったのか、営業部長の配慮で飲み屋に移動した。
──とある飲み屋にて
部長「何か飲むか? 注文どうする?」
設楽「あ、え~と──」
部長「ビール2本、焼き鳥4本、◯◯~…×△◆…、あ、後ほっけ持ってきて!」
(──?! わ、私まだ決めていないのに……速攻で注文を……)
この時点で、横田営業部長に主導権(?)を握られてしまった気がした。
部長「で、なんだ、話とは?」
設楽「実は──」
私は今までのいきさつを話し始めた。契約の件、班員の不満など。一通り話し終えた段階で、営業部長の意見を待った。その意見は──非常に残酷な現実だった。
「ふぅ……俺は設楽の事を少し買い被り過ぎていたな。4月に会った時は、育成部を引っ張ってだけの職員だ思っていたが、小橋リーダーのツケの契約のおかげもあったとは……」
「……」
……まぁ……図星なので何も言い返せない。
「全く、ここの営業所はすべておかしすぎる!」
──ドン!
テーブルを強く叩きながら、ちょっと憤慨した様子で声が大きくなっている。営業部長の不満もマックスだったらしい。お酒が入った事もあるが、べらべらと勢い良く喋り始めた。
「しかし、前営業部長も困ったもんだ。幽霊職員も3月で解雇する事もしないで。俺なんか、次の営業部長の事も考えて、全部きれいにしていったぞ」
……私は実は前営業部長のおかげで今まで頑張ってこれたと思っている人物である。(前営業部長が交代しないよう総支社長に直談判したのは、美談として語られている)
「前営業部長を悪くいうのは、止めて下さい。全営業部長のおかげで今残っている新人は頑張ってこられたのですから!」
前営業部長の事を良く言われるのは、現営業部長が好ましくないという事は、私も分かっている。現に営業部長もこれにはかなり腹立たしく思ったらしい。
「俺が今までどれだけ苦労してきたのか分かっているのか? 俺が営業部長に着任してから、辞めるという職員が後をたたない。前営業部長が自分の成績の為に引き延ばしをしていたからだぞ。ここの営業職員は素直に話を聞かない・不備が多い・契約が続かない……全くどうなっているんだ!」
「全て小橋リーダーのおかげじゃないですか?」
……営業部長が営業所を統括しているのは形式上で、実際は優秀営業職員などが影のドンといったケースは多いようである。前営業部長も小橋リーダーには頭があがらなかったらしく(正確には、言う事を聞かない)独特なムードをこの営業所は醸し出しているようだった。
「小橋リーダーも感覚が麻痺しているんだな。彼女も可哀想な人間の一人だ。会社から重大月には大きな件数をとる事を命じられているんだから。でも、その為にモラルを忘れてはいけない。俺はこの営業所の昔ながらの体質を変えて行こうと考えている。俺が来てから、不備も少なくなってきているだろ? 小橋リーダーにも少しずつ教育しているし」
さらに営業部長の話は続く。
「彼女のツケている契約のほとんどは解約が多い。それも3ヶ月・6ヶ月1年持つ契約は少ない。班員が多くなって、本人が管理できなくなっているんだろうな。お前達も小橋リーダーに頼りきっているのもいけない。もう一度心を入れ替えて頑張ってみたらどうだ?」
「そう……ですね」
「よし! 今月と来月とあわせて8件頑張ろう。そうすれば一番下の位で残れるからな!」
「──?! 8……件?」
……まるで死刑宣告でも言われたかのような現実を突き付けられた。
『私達なんか、今までつけてもらった契約全部2~3ヶ月で解約になったり減額になったりばっか。おかげで給料も下がりっぱなしで夜もバイトしてるんだから!』
前に畑口&前藤から聞いた事が、またまた頭の中でグルグル回り始めた。
(私、もう駄目かもしれない。……だけど、今月は精一杯やろう……!)
翌日より、心機一転、いつも以上に働いた。が、現実というのは非常に残酷であった。
コメント