第5話 とあるお客さん
とある休日
ある休日の午前。加藤はいつも回っている地区に「飛び込み」ではなく、珍しく「買い物」というお客の立場、パソコンを購入するが為に来ていた、私服で。
(今日はプライベートだからなんとなく普段と気分が違うなぁ)
いわば歩き慣れた地区ではありながら、少々新鮮な気持ちであった。取りあえずパソコンで有名な某有名店へと向かっていた。
「あれ? 加藤さん??」
ふと声をかけられた方向を見ると、普段ちょくちょく寄っている服家の店員であった。
「あ、どうも~」
「今日は何やってるんです? 私服で珍しいですねぇ」
「あ、ちょっと買い物に」
余程自分の私服が珍しいのか、普段よりも興味津々(?)に饒舌であったが為、30分近くも路上でしゃべる事になってしまった。
と、いわば仕切り直しで歩みをはじめて50m。
「あれ? 加藤さん?」
ふと声をかけられた方向を見てみると、普段ちょくちょく寄っている中古服屋の店長さん。 前の店員さん同様、同じように30分近くの時間立ち話をする事に。
わずか100m歩くのに1時間、ふと2件の出来事より、その後の道を眺めて悪い予感が走った。
(よく考えたらここの道沿いの道、ちょくちょく飛び込みしてる所ばかりだ。ここの通りをを抜けるのに後8件、同じ事が起こってしまう……のか?)
単純に暗算、8件×30分で4時間──いや、パソコンを購入した後にまた呼び止められる可能性を考えるとそれ以上に。このままでは予定していた休日を満喫する事が出来ない可能性が、と頭を過る。が、目的の店にいくまでの道のりはこの道しかないが為、避ける訳にもいかず、エイヤという気構えで歩みはじめる。
1件目、2件目、3件目はお店自体がやっていない事もあり無事通り過ぎる事に成功。
(なんだ、やはり杞憂だったか。ただ、何かちょっと寂しい気もしないでもないな)
等と思っていて歩いていた4件目。
「あれ? 加藤君?」
電話屋の店員達が加藤に目をつけた。……過去2件と同様、時間が過ぎていった。
加藤の予定では午前中に買い物を済ませて自宅にてパソコンの設定、夜にはPCゲームを堪能する、となっていた。が、今の段階で既に加藤のちょっとした野望は崩れそうになっていた。
(とにかく急がないと)
と、電話屋を後にしようとしたその時、背後より声がかかる。ふと振り返ると、近くのマンションに住む丸井さんという方であった。
「何かね、今日は買い物に来てるんかね。俺はちょっと散歩がてらブラっとしてたんだけど。そうだ、もう昼だから近くで御飯食べようか」
「え? は、はい、喜んで」
断わり切れない加藤の性格では、ズルズル引きずられるように喫茶店へいくしかなかった。その喫茶店に入った所でも声がかかる。
「あれ? 加藤君じゃん。何よ、今日も仕事?」
「いえ、違います! たまたま買い物に来たらばったりお客さんにあったので御飯を食べる事になったんですよ」
「ふ~ん、ま、ゆっくりしてってよ。そういえば山田さんも来てたよ」
「え……?」
山田さんという方はちょくちょくこの喫茶店に来るらしく、たまに喫茶店で御飯を食べている際は必ずといっていい程この人の話し相手になる事になる。一度話だしたら止まらない、というタイプの方である。
(ま……今日は幸い丸井さんと一緒だ。山田さんの話相手になる事はないであろう)
という予想は大きく外れる事に。
「あ、加藤君じゃない。丁度あなたの話題してたとこなのよ。さ、座って座って!」
山田さんの他、見知らぬ人が2人程座っていた。
「え……ただ今日はこちらの方と来てるの──」
「ま~固い事いわないで。ほら、あなたも一緒に座って。いいでしょ!」
「え……でも──」
「あ、いいよ、俺は。失礼します」
ここに魔のカルテッドが完成する事に。後日談ではあるが、その後このカルテッドをちょくちょくこの喫茶店で見かける事になる。
山田さんの知人という事だけあり、その2人も山田さんに負けず劣らずよくしゃべる。丸井さんも、まるで何年もつき合いしているかのように、しゃべりまくる。加藤は、何でこんな事になってしまったのかと自問自答しながら座っている。食事等とうに終わっていつのまにか食後のコーヒーは2杯目に。時計は既に13時を回っている。
(ここは勇気を出して抜け出さないと、買い物すら出来ないまま一日を終える事になりかねない)
と、その旨言おうと思った瞬間、思い掛けない出来事が。
「あ、そうそう、さっきアンタの話題してたっていったじゃない。何故か保険の話になってねぇ。保険を考えてるけどいい人いない? って聞かれたからアンタを紹介しようかなと思ってね」
「──え?」
「今日は私服みたいだけど、仕事道具は持ってるみたいだね、説明してやってよ」
仕事病とでもいえばいいのだろうか、いつ何時保険の案件があってもいいようにと最低限の仕事道具は持ち歩くクセがついていた。全くのプライベートと割切っていた筈の今日ですら、まるで腕時計でも無意識のうちにつけるかのように、仕事道具は無意識のうちに持って来てしまっていたのである。
保険の説明をする事、約1時間、元々やる気満々だったが為か、契約がとれる事に。
「あら、確かにこの人いいわねぇ。丁寧に話をしてくれるし。そういえば○×さんも保険考えてるとかいってたよねぇ。ちょっと呼んであげよっか」
すかさず携帯電話に電話をし出す。
「もしもし、今暇? あなた保険考えてるっていってたじゃない? 今丁度いい人いるから、今からいつもの喫茶店に来なよ」
一連の動作に入り込む余地はないまま、5分後登場したのは、澤田さんという方であった。
(あれ? この人は……この間すぐに結構です! と断わった人じゃないか……)
澤田さんも自分に気付く。
「あれ? こないだ来てた人じゃん。この人いい人だったの? じゃ、こないだ無下に断わっちゃって悪い事したなぁ。じゃ、お願いしようかな」
「って、ちょっと待って下さいよ。話を聞いてからじゃないと判断出来ないじゃないですか」
「いや、この人達がいい人っていうんなら安心出来るからねぇ。ま、話してよ」
話をする事なおも1時間、契約する気満々だったのか、同じく契約がとれる事に。 こういう話というのは連鎖するものなのか、丸井さんも動く事に。(子供保険のみ入って頂いていた)
結果的にこの日4件の契約が決まる事に。 ただ、犠牲にしたのは「休日の時間」であった。 喫茶店を出る時には時計の針は17時を回っていた。
(うぅ、パソコンを買う事も出来なかった……また来週来よう)
契約がこのような連鎖でとれる事はこの上ない喜びである筈だが、加藤は複雑な気持ちであった。
──翌日、成果発表。
「おぉ、加藤。お前休日も仕事してたのか。凄いな~。お前は営業の鏡だよ。皆見習ってくれたらなぁ」
複雑な心境の中、来週の休日スケジュールを心に固く誓う加藤であった。
挿話
ふははは、実話です。
次回と続き、、、2週連続で自己の休暇は仕事になる訳でして。。 結果オーライではありますが、プライベートがいきなり潰れて仕事になると、、案外ストレスというか疲れは溜まるもの…です。
コメント
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