#14 恩返し
──8月某日
「幸子……ちょっと報告があるんだけど……」
「ん? 何? 微妙に深刻そうだけど」
「私……結婚する事になったんだ……」
「え? い、いきなりだね……そんなに彼氏と仲進んでたっけ?」
「……生理が来なくて、ね……」
「あ、そ、そうなんだ……おめでと……でいいのかな?」
「…………」
「な、何か異様に暗いけど……ま、まさかその相手って……」
「あ、多分彼氏だと思うけど……半々?」
「……半分も可能性あるんだ……お兄さんはその事、当然知らないよ、と」
「……うん……」
「だったら墜ろせば──」
「お兄ちゃんの子だったら……育ててみたいな~って……」
「……だったらお兄さんと結婚すれば? いい機会じゃん。多分子供出来たって言えば──」
「言える筈ないじゃん! 寝ている間にこっそりHしたら出来ちゃいました~なんて。……もしかしたらお兄ちゃんの子じゃないかもしれないし、それじゃお兄ちゃんに失礼じゃん!」
「……彼氏には失礼じゃないんだ……彼氏、何て不憫な……」
「あぁぁぁ、お兄ちゃん、どう思うだろう? だらしない子って幻滅するかな~、嫌われるかな~」
「素直に祝福するに決まってるじゃない。そんな事でお兄さんが態度変わる事がないって事はお姉ちゃんもよく知ってるでしょ?」
「結婚する為に大学に行ったのか! って怒らないかなぁ。勉学に励まないで何やってるんだ! 就職もしないのか! って……怒らないかな……」
「お兄さんがそんな事言う筈ないじゃない。お姉ちゃんが幸せになるなら、誰よりも喜ぶよ、きっと」
「私……幸せになっていいのかな。……普通の家庭、築いていいのかな……」
「いいに決まってるじゃん。天国のお姉ちゃんやお兄さんの分まで、私達は精一杯幸せにならなきゃ」
「……お姉ちゃんはともかく、お兄ちゃんの分まで……? どういう……事?」
「お兄さん、自分がどうなりたいっていうのを捨てて……私達の将来の事だけしか考えてないから……」
「何……それ……」
「お兄さんが25歳の時から5年……いくら仕送りして貰ったか忘れた訳じゃないでしょ? お姉ちゃんと同じ様に……それ以上に自分を犠牲にして、幸せを放棄して、命を削って……そういう人じゃない、お兄さんは」
「…………」
「だから、お兄さんが生きているうちに……幸せな姿をみせてあげないと。それが……唯一私達に出来る恩返しだから」
「……生きてるうちって……まだお兄ちゃん31歳じゃん」
「忘れたの? 元々お兄さんが最初に家に来た理由。……天国にいるお姉ちゃんと同じ症状の仲間だから……看病の為だって……」
「──!」
「お姉ちゃんより……元々症状はかなり進んでるって……」
「──! 医学部にいってる幸子の読みだと、お兄ちゃんは後どれくらい……生きられるの?」
「……今、普通に生きてるのが不思議なくらい。いつ身体に異変があってもおかしくない……かな」
「そんなの……イヤだよ……どうにか……ならないの?」
「強く生きたいっていう意志があれば……だけど……それでも半々……かな」
「…………」
「私達が出来る事は……なるべく楽しそうな姿をお兄さんにみせる事。お兄さんが望む幸せな人生を歩む事。……だから、お姉ちゃんの結婚は大いにアリだよ。あ、結婚はいつするの?」
「……来月10日に教会で式挙げる予定……」
「だったら、前に言ってたお兄さんに父親役をお願いして一緒にバージンロード歩いて貰ったらいいじゃん。みんなに自慢のお兄さんをお披露目したい、立派に育った私を見て貰いたいって言ってたじゃん。それ、叶うじゃん」
「……うん」
「早速お兄さんにお願いしないと。あ、言いにくかったら私から伝えようか?」
「……私から言うよ。ただ……ギリギリまで兄妹でいたいから……その日まで今まで通りで……お願い」
「……うん」
「私が結婚したら……お兄ちゃんの事、よろしくね」
「……うん」
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