たくみの営業暴露日記

たくみの営業暴露日記~最後の210日~ 最終話:普通に憧れた男の末路……

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最終話:普通に憧れた男の末路……

 九重、そして畑口を失った加藤は、残された日にちをどのように過ごすか悩んでいた。普通に考えれば辞めるつもりなのだから、そのままサボッてしまえばいいと思われるが、変な所に真面目な加藤にはサボるという選択肢は頭に全くなかった。

(後2ヶ月……既契約の挨拶まわりも終わったし、何やろうか……最期くらい、営業部長のよく言ってた地区の既契約者にお伺い訪問でもしておくか……)

※地区の既契約者=自分が契約を取った人ではなく、知らない誰かが契約をとったもので、同地区内で担当者がいない(殆どの理由が担当が辞めた為)契約者の事。

 今までの加藤は主に新規飛び込みメインの仕事をしていたが為、全くといっていい程既契約者巡りはしていなかった。(新規飛び込みにおいて偶然既契約者だったというケースは多々あるが) というか、既契約者を回る時間を取れなかったというのが正解である。

 自分のお客さん・見込み客巡りが終わり、独りになって時間を持て余した加藤は、皮肉にも営業部長が率先してやれ! といっていた既契約者巡りをする事になったのである。

 1件、また1件──
 何事もなく、現在の既契約の確認・説明という訪問が続く。当然といえば当然ではあるが、ここ数ヶ月であったような皮肉な契約に結びつくケースは1件もなかった。

 それでも、加藤はその活動が新鮮に思い、これはこれで楽しく感じていた。契約に結び付く事はなくとも、丁寧に既契約の説明をした際のお客さんのお礼の言葉は、ちょっとした充実感すら感じた程である。

(感謝されるって、気分いいな……こういう仕事の仕方もあったんだ……もっと早くこうやって動いていればもしかしたら未来も──)

 一瞬、頭の中で想像する。毎月のノルマに苦労しながら、少ない給料に愚痴を言いながら生きていく普通の人生……普通に言われた通りにやっていれば、普通になれたのかな……と。みんなの輪の中に入れたのかな……と。それが幸せだったのかな……と。

 みんなが笑ってる。営業部長も、支部長も、勝野さんも、小橋さんも……九重も、畑口も……そして美幸も、美子ちゃん達も……みんな……

(──ま、それはないか……俺なんかが普通に憧れるなんておこがましいよな……欠陥人間だし……疫病神だし……死神だし……悪魔だし……)

 と、加藤は苦笑しながら想像を自ら打ち消していた。

 契約を取る気は──当然ながらさらさらなかった。欲という欲も皆無だった。何があろうが3月で会社を──そしてこの世を去る気だった。せめてそれまでの間、ただただ善人でありたい──心底そう思っていた。

 皮肉にも、この究極の無欲の動きにより、加藤の営業能力は更に高みへと駆け上がっていた。そして、それに合わせるかの如く、まるで加藤を保険業界に留まらせようと神様がしているかの如く、数十億というとてつもない契約との出会いが、加藤を待っていた。

 仮に退社時期を後2ヶ月遅らせていたら、加藤は巨額の手数料を得た事になっていたであろう。そして、仮にそのまま会社に残っていたのならば……確固たる地位を不動のものとして、輝かしい未来が待っていたであろう。

 が──加藤がそれを望む筈はなく……心が満たされる筈はなく……全てが虚しく……明るい未来を描く力は既に……

 ひたすら、がむしゃらに動いていた。まるで自分の身体を痛めつけるかの様に、自らの時限爆弾の時間を進めるかの様に……何も考えないで済む様に……倒れる事を願って……魂が消えてしまう事を願って……ひたすらに、ただひたすらに……

 何とも悲しく狂気的な活動動機に、無意味な数字だけが積み上げられていった。

……──

(ハハッ……何だこれ……別に望んでもないのに次から次へと、ホントにもう……まさかと思うけど、これって神様による俺へのお告げ? 改心して会社に残れって? ハハッ……破壊神になろうとしてる俺が怖かったんだ……こんな俺をそんなに畏れてくれてありがと。改心はしないけど、破壊神にもならないから、もう安心して)

(それとも……俺へのお詫び? 何かの帳尻合わせ? これで勘弁してくれって? だとしたら……お詫びの方法間違ってるから。俺が本当に望んでるのは──ま、いいや、今更)

(取りあえずさ、あの契約は置き土産で放棄するから、その代わり、また前みたいに道端で狭心症でも心筋梗塞でもさせてよ。辞めるまでの間、がむしゃらに動き回るからさ。伊織さんやあすかや美子ちゃん達の為に出来るだけ早く自然にぽっくり逝きたいからさ……ダメ?)

……────

(今日、木村さんと例の企業一緒に行ってきたけど……PCによる簡単な資料、電卓まじりの説明等一時間……どうやったらそんな事ができる様になるんですか? って……利回り・商品比較等ごく一般的な話をしただけなのに……唖然としてたなぁ……これくらい、ちょっと勉強すれば誰でもできる様になるから、ま、頑張って!)

(そういえば、こないだ退職願を営業部長に出したけど……エイプリルフールにはまだ早いぞって……まともに取り合って貰えなかったけど、大丈夫かな? 手続き上はこれでいい筈だよ……な? 何か書類書かなくていいのかな? ま、いっか。どのみち、来月の頭を目処にあっち逝くし)

(あ……勝野さんや小橋さんに報告──別にいっか。小橋さんには絶縁されたし、勝野さんも……もう……他に報告する人は──いないか。気が付いたらあすかも伊織さんも会社いなくなってるし……誰もいないじゃん……ハハッ……)

……────

(やっぱあの契約、今月中に間に合わなかったか~。会社契約だし、額が額だからしょうがないか。取りあえず例の社長さんの指示通りの設計書、木村さんに渡したけど……大丈夫かな? 何か額見て青ざめてたけど。ま、大半の話は済んでるから、設計書渡すだけだから、それくらいできるか)

(それにしても木村さん、これで一気に支社で注目される様になるだろうな~。プレッシャーも相当なモノになると思うけど、めげずに頑張って。多分、俺より素質はある筈だし、ちょっと頑張れば俺以上に余裕でなれるから)

……────

 これが──普通に憧れた男、加藤の末路……大きな大きな置き土産の真相である。

 そして月日は流れ──退職する日がやってきた。

3月25日

──今日でここに来る事は……二度とないのか。4年間、短かった様な長かった様な……色々あったな……ちょっと感慨深いかも。

 結局……誰にも惜しまれる事もなく、悲しまれる事もなく、知られる事もなく……去る事になったか。ま、こんなもんか……会社っていうのは、社会っていうのは。

 多分、俺のせいだよな……こんな寂しい最後になったのは。……どこで間違ったんだろ? ま、俺は社会不適合者って事……なんだろうな。

 取りあえず社会人生活に未練は特にないけど……一度くらい男の後輩を連れて飲みに行く経験はしたかったかな……って、俺にはどうやっても無理だったか。

 明日から……朝早く起きなくていいんだ。スーツも着なくていいんだ。身だしなみも気にしなくていいんだ。……人目を気にしなくていいんだ。

 せいせいするよ。

 でも……人と話す事、会う事、なくなるんだ。北さんのマンションから出ていって……この街から出ていって……誰もいない世界で……これからずっと……あっちに逝っても……1人きりで……

……本当にやれるかな……耐えられるかな……いや、約束したし。

 あすか、ごめん、約束守れなくて。ロクな人生、見せる事できなかったわ。ま、お前はお前で俺の事なんか忘れて、これから誰もが羨む幸せな人生歩んでよ。

 伊織さん、ごめん、俺、壊れなかったわ。普通の人なら精神崩壊してるかもだけど、俺、欠陥人間だからさ……何か耐えられちゃったよ。せめて、心筋梗塞にでもなって倒れたらと思って動き回ったけど、逝けなかったよ。ま、もうすぐ消えるから……地獄逝くから、それで勘弁して?

 美子ちゃん達、大丈夫かな……いや、どうにかなるか。多分、今ある残りの預貯金を全部送れば学費分にはなる筈だし……俺がいない方が絶対いい筈だし……

 できれば美子ちゃん達が無事大学に進学した姿を見たかっ──身の程知らずすぎか……

 美幸、もうすぐそっち逝くよ。待ってて──って、無理か。俺、地獄逝くし……会えたとしてもあすかの件でボロクソ言われそうだし……ごめん。

 さてと……そろそろ行くか。

「お世話に……なりました!」

(Fin)

補足?

 最後はどこまでで〆ようか迷いましたが、3月25日の退職で会社を去る所を最後にしました。

 実は帰宅後を含めてエンドにしようと思って書いてましたが、このどよよーんとした流れを完全にぶった切る内容になってしまったので、これは頂けないな、と。

 最後の2ヶ月に関して、この回に関しては紛れもない事実です。

 完全に心は折れていて、退社後には静かに消えてしまおう、と。畑口によるダメージはそれくらい大きかったので……

 いや、正確には殆ど何も感じなかったかな? 単に「後2ヶ月で、逝っちゃうぞ~」みたいな使命感というか何というか……意外に明るかった記憶もあります。物語には触れてませんが、普通に喫茶福井の娘さんの結婚式に出てたり、喫茶福井の閉店パーティに出ていたり……自分の当時を知る誰もが「は? そんな事考えてたの?」と言うでしょうね。

……こんな最悪ともいえる心境にも関わらず、契約だけはアホみたいに取れてしまっていました。ま、前にも書いたかもですが、無欲だからこそ取れる契約もある、というヤツでしょうかね。

 

 正直、この最後の210日は書いてよかったのかどうか、書き終えた今でもよく分かりません。ざっくりこの章だけ読むと、単に「畑口による壮大な復讐ストーリー」になってますし……

 ただ、本当に書きたかった次回作「独立後の軌跡」において、畑口及び九重は外せない(ここを省くとかなり意味不明になる)ので……ま、やっぱ必要だったのかな?と。

「一歩間違えば今隣にいるのは畑口だった」

 この章の冒頭でこう書いていて「どこがやねん! 絶対ないだろ!」というツッコミ入れる人、多々いるでしょう。そして、ところどころ感謝の言葉を書いていて意味不明だ、と思っている人も。

 が……この後の話を読むと、「なるほど、確かにね」ときっとなるでしょう。(いや、どうやっても隣にいる事はあり得ないか……)

 

 営業物語は今回で終了です。

 次回からは「独立してから5年後くらいまで」の内容です。

 営業時代も中々にドラスティックな人生歩んできましたが、独立後も負けず劣らず……というか、ここまでが可愛く思えるくらい「なんだこれ?」の人生を歩んでいます。大まかなプロットはできていますが、我ながら「どんだけ波乱万丈なんだよ!」と。そして、「よく生きてたなぁ、おい・・・」と笑

 何にせよ、これからの話はFPになりたい人や何か新しい事をやりたい人にとってそれなりに参考になる・・・かな? ま、一応リアルですし。

 こうご期待をば。

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