第4話:おくりびと
「加藤君……ちょっといいかな」
話掛けてきたのは九重──ではなく、山田さんであった。現在7年目を迎えるこの方、一時期加藤に幾度となく保険の基礎を聞いてきた人物である。
「ど、どうしました? あ……なるべく俺に話しかけない方がいいですよ。とばっちりで山田さんまでイヤな思い──」
「相談に乗って貰いたいんだけど、ここじゃ話にくいから、喫茶店に今から行こっか」
そういうと同時に、加藤の返事を待つ事なく歩きだし、営業所を出ていく山田さん。……どうやらそのまま着いてこい、という事であろう。
加藤の話を軽く聞き流し、かつ加藤の予定もお構いなしで自分の都合を優先、着いてきて当然とでも言わんがばかりに一切振り向く事なくツカツカ歩いていく山田さん……相変わらずであった。一度も振り返る事もなく歩き続けるこの人──恐ろしい程の自信家なのか、天然なのか、思慮が浅い人なのか……等と山田さんの後ろ姿を見ながら考えていると、その後ろ姿は喫茶店の中へ消えていった。……そのまま入ってきて、私の前の席に座れや、という事であろう。
約20秒遅れで喫茶店に到着した加藤は、山田さんの姿を探すと……一番奥の席に背中越しで座っていた。
(おいおい、せめて入り口から見える様に正面に座ってろよ……って、俺が絶対付いて来るっていう確固たる確信があるのか? どれだけ自己中なんだよ!)
そんな様子の山田さんに少し腹を立て、文句の一つでも言おうと思い、正面の席に座った加藤。直後、満面の笑みで「来てくれてありがとね」と山田さん。「いえ……俺も暇してましたから」と思わず笑顔で返してしまった加藤……怒りは萎えてしまっていた。
お互いコーヒーを頼み、前と変わらず雑談をする事1時間、突然山田さんは真顔になって頭を下げてきた。
「ごめん、加藤君。今まで助けてあげられなくて。ずっと1人で……辛かったでしょ。前、あんなに保険の事、何日も何時間も教えてくれたのに、その恩を仇で返すような事になっちゃって。……私も、例のマルチ、参加してたから」
「あ……い、いや……別に気にしてませんよ。下手に俺に構ってたら山田さんまで孤立しちゃった筈ですから、それで正解でしたよ。……で、でも、いいんですか? 俺なんかまた構ってたら、山田さんの立場、悪くなりません?」
「私、今月で会社辞めるから。デキちゃったら結婚しようって言ってくれる人がいてね」
「──! おめでとうございます。良かったじゃないですか、寿退社っていったら一番の円満退社ですし。さぞかしみんなも──」
「裏切りものって……どんな理由でも辞めるには変わりないからって……みんな冷たくなってね」
「今まで……7年も働いてた……のに? 何だ……それ。俺、文句言って──」
「ありがとね、加藤君。私なんかの為に……そんなに怒ってくれて。でも……いいから。加藤国だけでも、おめでとって言ってくれて……それだけで私がここにいた意味、十分あったから」
「……俺に出来る事、ありますか? 何だってやりますよ。あ、送別会でもやります?」
「そう言ってくれると思ってたんだ。送別会もだけど……もう1つだけお願い聞いて?」
「いいですよ、俺に出来る事なら。……何です?」
「私と旦那の保険、設計して欲しいの。後、良かったら私の姉夫婦と旦那の弟夫婦の保険も」
「い、いや……それだったら山田さん自身がやった方が手数料──」
「私、ちゃんとした設計できないから。……私が知ってる限り、加藤君が一番……保険に詳しくてまともにやってくれそうだから」
「い、いいですけど……ホントに俺でいいんですか?」
「加藤君がいいの。……私、加藤君の保険の説明聞くの、好きだったから。こんなバカな私に一生懸命、何度も私が理解できるまで教えてくれて……ホント、ありがとね」
この後、山田さん夫婦を始め、その絡みで4家庭程の設計を行った加藤。山田さんが加藤を紹介する際、毎回「私が在職中一番よくしてくれて一番優秀で一番信用できる人」と言っていたのが……何ともこちょばゆかった。
──加藤君は、どんな形でもいいから保険に携わる仕事、続けてね。
山田さんの最後の別れの時の言葉──この言葉を加藤はこれから何度も聞く事になる。
挿話?
自分は同僚や他社の人の契約がそこそこ多かったです。
まぁ、外伝あたりからお読みの方はある程度理解できるかと思いますが、基本自分は「契約の見込み? そんなのどうでもいい。通って苦じゃなければ何でもOK」でしたから。
ま、この基準が単に「同業者」になっただけですな。
基本、自分は誘われればホイホイ、カラオケだろうが飲みだろうが何でも付き合ってました。楽しければ何でもOK、でしたからね。
「いや、それ、仕事じゃなくてサボりだろ!」と、自分ですら思っていましたが・・・皮肉な事に、こんな動きが成果に結びつく事、そこそこありました。
ま、今回の話が一つの代表例ですね。
恐らく書かないと思いますが、「第一生命の生保レディが辞める時、日生の保険を設計販売した」なんて武勇伝すら自分はあったりしますな。
当然、これを狙ってやっていたのでしたら、自分は本当に悪魔的発想の化け物ですが・・・偶然の産物に過ぎないのは言うまでもなく・・・
そんな偶然の産物でも、1人、2人、3人……となると……言われましたねぇ、化け物なり、ジゴロなり、色々と。
もう最後の方は面倒なので「狙ってやってましたけど、何か?」で通していたものです笑
「い、いや・・・いくら何でも話、盛り過ぎじゃね?」
と思われる方、特に生保営業経験者程、多いかと思いますが・・・同僚こそある意味最大の見込み客になり得るって思いません? だって、保険の必要性を一番理解しているのは「保険屋さん」ですから。
ちなみに、話には書かない予定ですが、自分は「親が日生で働いている人から契約を貰った事がある」という武勇伝すらあります。
自分にとってみれば、親せきや友人・知人が保険屋でも、それが何か?でしたから。(繰り返し、通うのに苦に思わなければ普通になじみを続けていた)
普通の会社だと、誰かが退職する時、送別会とかするんですよね? 例えそこまで仲が良くなくても、形式上でも。が、保険会社はそんなもの一切ありませんでした。それどころか、辞めると言ったとたん、冷たくなったり、無視したり……負け犬とか裏切り者とか言われたり……
まぁ、非常に移り変わりの早い業界なので、いちいちそんな事してたらキリがない、これも分からんでもないです。ただ、せめて労いの言葉くらい掛けましょうよ。お疲れ様、その一言で随分救われるものですよ、人というのは。数カ月で去っていく人等はともかくとして、年単位で働いてきた人には……それが礼儀ってヤツじゃないですかね?
社内で冷遇されていたから……なのかもしれませんが、こういう人達の気持ちはよ~く分かりまして、せめて自分だけは、とゴニョゴニョやってましたね。
お礼と称しての契約とか……たまたまそれなりにありましたが、ぶっちゃけそんなものはどうでも良かったのが本心です。ホント、かなり誤解され色々言われましたけどね。
「テメーら偽善者にとやかく言われる筋合いはねーよ! なんでこうなるか、自分の胸に手をあてて良く考えてみろや!」
心の叫びでした。
ぶっちゃけ、この「おくりびと」の内容だけで本1冊くらいは優に書けるくらいですが、ま、印象的なもののみピックして書く予定です。(多分、後2人)
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