第2話:新営業部長登場
4月、新しい営業部長がやって来た。
3月26日。いわゆる年度の初めの日においては、暗黙の了解でもあるかのように、誰も遅刻する者はいなかった。そう、殆ど会社に出社する姿を見た事がない川崎所長すら例外ではなかった。
皆少し緊張気味に、毎朝恒例のラジオ体操を終了して席についた。久しぶりの緊張感が、部屋全体に流れる。 ラジオ体操の時、明後日の方向を見ていた加藤も恐る恐る前を見た。
(……比較的若い方……かな?)
前の営業部長に比べ10歳は若いではないだろうか。見るからにやり手のオーラが漂っており、直感的に「ワンマン社長」を思い浮かべる。奇しくもそのイメージは当たっている事に気付くのは実に1分後の事であった。
営業部長の自己紹介ビラが回って来て、それに目を通す。別に何てことはない、趣味が何だとか、昔は何をやっていた…という事が書いてあるだけであった。ビラを読み終わると同じくらいに彼は喋りだした。
「私の名前は、横田範己(のりみ)だ! まぁ経歴を見て貰えば分かる通り、俺のいた拠点は全て全国レベルになっている。俺のいう通りにすれば、成功するから、みんな俺について来る様に! 文句をいう奴は俺はいらん! ちなみにビラを見て分かる通り、ノリミのノリは模範の範、ノリミのミは己だ。俺が模範だ、分かったか!」
──し~~ん……
冗談抜きに、彼の一分ちょっとの演説で営業所の空気が重くなった。
(な、何だ、この人…さ、最初にこんな事言うなんて……)
「では、みんなにも自己紹介をして貰おうか」
自信満々の笑みを浮かべてそういい、そして静かに座った。
(どこからこの自信がくるのであろうか?)
恐らくみんながそう思ったに違いない。 その後、一人ずつ自己紹介をしていき、当然のごとく加藤の番が回って来た。
「か、加藤といいます。………どうぞよろしく、お願い、します」
「おぉ、お前が加藤か。お前の噂は耳にするぞ。かなり好き勝手やっとるようだが、俺の下になったからにはそうはさせんぞ、分かったか!」
「は、はぁ……」
皆の自己紹介が終わり、朝礼が終了した。
──隣の席の勝野と
「何か、とんでもない人が…来ましたね」
「…まぁ、な。やりにくくなりそうだな…、お前も俺も」
と、勝野と話をしている時、早速横田営業部長より呼び出しがあった。
「おい! 男性職員、ちょっとこっち来い!」
そそくさと向かう男達。といっても、自分と勝野の2人しか今はいなくなってしまっているが。(川崎所長はいつのまにか姿を消していた)
営業部長の前に座る加藤と勝野。新営業部長はなにやら書類を見ながら話しはじめる。
「お前達を呼んだのは他でもない。お前らの出勤状態について、だ。朝来たり来なかったり、夕方帰社したりしなかったり……何だこれは!」
「いや、サボっている訳ではなく、新契を追っているんですよ!」
とっさに口を出したのは勝野である。朝…はともかく、夕方以降は勝野の活動タイムであり、帰社の時間が非常に遅くなる事もあれば、そのまま帰って来ない事もしばしばあった。
加藤も同様であり、勝野程ではないが、契約の話があれば夜遅くでも仕事に出るが為、夕方の帰社が遅れる事もあれば帰れない事もあった。
「アホ! これだけ夕方帰って来ないで契約追ってるなら、今の数字の数倍はいってる筈だろ!」
「いえ! 営業ですから即決で決まらない時もありますし、何度か足運んでようやく取れる所だってあるんです! サボってたらこれだけ成果あげれません!」
勝野も食い下がる。
「そんな言い訳、俺には通用せん! いいか、俺が上になったからには朝の出社は当然として、毎日16時に必ず帰社だ。出て行くなら、それから行けばいいだろ!」
「え……16時に帰社したら17時までの1時間が勿体無いじゃないですか。在宅率が比較的高い時間なのに……」
今度は加藤も食い下がる。
「アホ! それが決まりだ! 前がどうだったか知らんが、今までのやり方は通用せんぞ! 毎日終わってから帰社して、今日の活動報告を欠かさない事。見込みも報告するんだぞ、分かったか!」
営業部長が変わる度、方針が変わる事は聞いていた。ちょくちょく「前の営業部長は良かったね」という声を入社時聞いていたのを記憶している。が、加藤にとっては営業部長が変わり、方針が変わる事自体初めての経験であり、非常に大きな戸惑いを感じていた。
営業部長の話が終わり、勝野にボソっと呟いた。
「なんか…滅茶苦茶やりにくく、なりそうですね…」
「…そうだ、な」
翌日より、横田営業部長が走り出す。まず、朝礼。前任の営業部長もそうなのだが、今度の営業部長もやたら朝礼の時間が長い。
- 9:00~ラジオ体操・出勤確認
- 9:15~10:00営業部長の話
である。
こんな長い朝礼なんて生保の会社だけではないだろうか? 今までは支部長まかせの朝礼だったので営業部長は殆どしゃべらなかったのだが、今回の横田営業部長はとにかく良く喋る。で、全ての事を自分でやらないと気がすまないのか、ホント、独壇場だ。
あんなに元気だった城山支部長もいささか欲求不満のようで、朝礼の時間は眉間にしわをよせてどこか遠くを見つめていた。
朝礼の時間は時間で、色々やりたい事がある訳ではあるが、この朝礼のおかげで今までのペースを変えざるをえない人はたくさんいたようだ。
勝野も例外ではなかったようだ。
ある日の朝礼中の事である。
「おい、勝野、どこに行くんだ! 朝礼中だぞ!」
「お客さんのアポで、これから行ってくるんです」
「勝手は許さん! 朝礼が終わってからにしろ! アポ、取りなおせ!」
「(かなりムッとして)とにかく約束ですので!」(出ていこうとする)
「・・・後で俺のとこに来い!」
その後、かなり絞られ、モノに当たっている勝野を見たのは言うまでもない。ただ、その姿は決して他人事ではなく、自分にいつ向けられてもおかしくないであろう事は容易に想像出来、ゾっとした加藤であった。
挿話
気付く人は気付くかもしれませんが、「設楽のり子暴露日記」とダブります。シチュエーションは全く違いますが、時代は一部被っている訳でして。まぁ、、ワンマンな上司でペース崩す事ってありますよね。。モロ加藤はその沼にハマる事に。。
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