たくみの営業暴露日記

たくみの営業暴露日記 第三部 第1話:決心、そして・・・

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第1話:決心、そして・・・

──3月。
 加藤は何ともいえない緊張感に包まれていた。そう、トレーナー職辞退を決心したものの、中々前に進まないのである。

 すっかり読者の皆も忘れているかと思われるが、元々加藤はかなりの小心者、飛び込みも最初はドアノックするまでにドアの前で数分固まっていた程である。

 緊張感という点においては、最初のドアノック以上のものが重くのしかかっていた。確かに言いづらい事……ではあるので。

 朝礼が終わり、10分以上も固まったままの加藤をみてさすがにじれったさを感じたのか、勝野が加藤の脇腹にエルボーを喰らわせながら、ドヤしてきた。

「おい! お前いつまでそうやって固まってるんだよ! はよいけよ!! ほら!」

「は、はい……」

 気が進まない中、確かにこのまま固まっていてもしょうがないと思い、重い足取りで営業部長のいる机までの距離を歩く。非常に長い距離に感じたが、実際には10mちょっとの距離なので、あっという間に営業部長の目の前に来ていた。

「ん? 何だ、加藤」

 恐ろしい程、優しい顔で語りかけて来る営業部長に、少々心が痛む。思わず決心が揺らぎ、何もなかったかのように今のままでいるのも悪くはないかも、とも頭を過る。

 よくよく考えればトレーナー抜擢にしても、営業部長は加藤のためを思ってしてくれた措置であったのは想像するに難しくない。勝野のような特例を除き、男性職員の多くは管理職、ノルマに追われる事なく、比較的高給が得られる事に憧れているので。

 誰も希望したら成れるものではなく、上からの抜粋があってはじめて成れる立場。それこそ一つの成功の形といっても言い過ぎではないであろう。

 本来ならば最低2年は誰からも文句のない成果を挙げてから、初めて視野にみえてくる立場。それを、1年という非常に短期間で抜擢するというのは、加藤自身の成果だけではない、営業部長自身の「期待」も込められたものであったといえるであろう。

 その「期待」をわずか1年という期間にて放棄する事は、どれだけ営業部長の感情を逆なでし、悲しませる結果になるか。それを考えるとやはり憂鬱になる。

(あぁ……やはり今のままトレーナーをやるのも悪くないか……な)

「──藤、加藤、おい、加藤!!」

「は、はい!」

「お前、何か用事があるんだろ? 何ボーっと1分も突っ立ってるんだよ!」

1分というのは大袈裟かもしれないが、長い事ボーっと妄想に耽っていた加藤であった。

「あ、いや……じ、実は……こ、今月も──」

「あ、営業部長。こいつ、トレーナー辞めさせて欲しいみたいですよ。自分の性にはあわないって。営業やってた方が気がラクだって言ってますよ」

「──?! 加藤! お前、どういうつもりだ!!」

「あ、いや……その……」

「お前、ちょっと来い!」

と、応接室へと連れ込まれた。

 ちなみに、いきなり横やりを入れて来たのは、加藤の様子に痺れを切らしてズカズカとやってきた勝野であった。恐らく、勝野がやって来てズバっと言わなければトレーナーを継続していたであろう。

 その後の会話は覚えていない。一方的に凄い剣幕で怒鳴り散らしている営業部長をテレビ越しで見る感覚で、ボーっと妄想に浸っていた。そして、心の中で泣きながら、呟いていた。

(今まで有難うございました。ホント感謝しています。そして、ごめんなさい……)

「──藤、加藤、おい、加藤!!」

「は、はい!」

「お前、俺をおちょくってるのか! ボーっと明後日の方向、向きやがってよ!」

 どうやら、表面上はかなりムスっとした表情で明後日の方向を向いていたらしい。ハっと表情を一変させ、営業部長の方を向こうとした瞬間、

──バキ!!

強い衝撃があったと思ったら、一瞬天井が見え、ガツンという後頭部の衝撃と共に目の前が真っ暗になる。そして、左目下当たりに激痛が走る。そして頭上から絞り出す様な声で、営業部長がしゃべる。

「お前……恩義という事を知らんのか。この……裏切りもんの薄情者めが……。お前の事なんかもう知らん! ったく、最近の若いもんは……」

──右ストレート。いきなり殴られるとも思わなかったが、絞り出すような声でいった言葉の方がズシンと加藤の心が痛んだ。

(今まで有難うございました。ホント感謝しています。そして、ごめんなさい……)

 

 その後、非常に事務的な作業を終え、静かにトレーナー職の解任が終了した。 (といっても、今月一杯はトレーナー職となるのであるが)

 時間にすれば1時間少々ではあるが、非常に長い、辛い時間と感じ、自分の席に座る時にはまるで1日中飛び込みを休み無しにしてきた程の疲れがドッと加藤を襲った。


「よ、異端児」

 トン、と缶コーヒーを加藤の机に置き、話し掛けて来たのは勝野である。

「まぁ、大変だった、な。うわぁ、お前、酷い顔してるなぁ。左目の下、冷やした方がいいぞ。で、何だその泣いたような目は。そんなに営業部長のパンチは効いたかよ」

知らずうちに、どうやら涙が出ていたようである。

「い、いや……そういう訳じゃ……」

「ま、これでお前も異端児になった訳だ。これまでは営業部長とか支部長とか良くしてくれただろうが、今後は滅茶苦茶冷たい仕打ちになるだろうよ。ま、覚悟しとけや。ま、好き勝手に生きてれば色んな犠牲もつきもんだわな。これではるばるお前は自由の身だ。良かったな!」

「は、はぁ……」

果たして、加藤の選択が正しかったのかどうか…これは誰にも分からない。 ただ、この選択により、加藤の会社生活のピリオドのカウントダウンが始まる事となる。

ちなみにそれ以後、加藤の在籍中、二度と営業部長と話す事はなかった。 というのも、営業部長はそれから1週間後に人事異動で遠い所へ転勤になったからである。

物語はここから最終章へと動いていく。

挿話

鉄拳制裁。
今じゃ何か問題になりそうですが(笑)、日常茶飯事に行われていました。下手に言葉でネチネチいわれるくらいなら、バシ!と一発かまされた方が、スキっとするよな、なんて感じたりもします。

それはおいといて、仮にトレーナーをおりなかったとしたら、、全く違う未来になっていたでしょうね、恐らく。もしかしたら、未だに日生にいて、支部長、営業部長になっていたのかもしれません(笑)

自我を貫く事。それで傷付く人もいる…案外大変な事、という出来事でした。 話的には、最後まで読むと恐らく「辞めない方が良かったんちゃう?」と思われるかもしれませんが、、自分自身は今は「辞めて良かったよ」というのが本音です。。。

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