第二部 第10話 体裁のみの7月戦第一報
さあ、第一報だ。私達リーダーのつかまらない小橋チームは、6月戦もままならぬまま、7月戦に突入してしまった。もうみんな慣れたものである。
そして、いつのまにか当たり前になった小橋リーダーからの「あの」伝達が入る。
『白紙でもいいから、入力しなさい』
もう営業部長もこの時期になると、何も言わない。彼も全員大会でみんなの前にたって、スポットライトを浴びたい一人だからである。
(あれ? よく考えたら……この人ってそういう事を許さない人じゃなかったっけ?)
──人とは環境・名誉・プライドによりいくらでも変わっていく生き物と、思わず哲学者み たいな事を思う設楽だった。
(自爆は出来なくても白紙なら……!)
あくまでも自爆は回避しなくてはならない……こういう様に「白紙」に慣れてしまった私、今考えるとホント恐く感じる。
白紙とは、「契約書に記入していない契約に対し、契約が取れたという旨をコ ンピューター入力する事」である。普通は当然契約を頂いてから、成約入力という処理をしていく訳だが、この 入力は『いつでも』できるのだ。後から契約を貰ってくる、という形で頻繁にうちの営業所では行われていた。
この入力自体がどれだけ簡単かというと…
神田「えへへ、私5000万の契約つくっちゃった~」
設楽「──! わ、私も5000万つくろ~っと」
吉畑「!!! 私は1億!!」
神田「フフフッ、ホントにこんだけ契約取れたらいいよね~」
と、まぁこんな状態。白紙作成指令が出た場合、こんな感じだ。
当然の如く、小橋チームは支部の中でも異常な勢いでトップの成績をおさめた。(そりゃ、白紙ですからね(笑))
──どうせ落ちる契約なら、少しでも大きな成績をあげてやろうとみんな考えたからだった。
そして、第一報の成績を発表する全員大会へ。
なんと! 久しぶりに、私達の支部がトップだった。中でも小橋リーダーの契約は郡を抜いて凄まじいものである。小橋リーダー当人は……優秀営業職員で慢心の笑みを浮かべてスポットライトを浴びていた。
『──25件!』
支部のみんなはどよめいた。なぜ第一報でこれだけの成績を出す事ができるのだろう?
『私達の班、分割されたのってこの為? リーダー補佐をつければ、彼女は自由に行動できるもんね。私達の成績より、自分の成績が大切なんだよね……』
小橋チームの誰かが呟いた。他の班員も呆れかえった顔をしていた。
営業部長も上機嫌で、スポットライトを浴びながらいつにも増してトークに熱が入る。
『真剣に仕事をした結果がこうなっただけです!────」(20分に及ぶ熱弁、以後略)
全員大会の間──みんな下を向いていた。恐らく寝ているのであろう。えぇ、こんな話聞いてもつまらないだけだから(笑)
こんな感じで、みな不安を残しながら、全員大会は終わった。……営業部長あとで泣かなきゃいいけどね。
──全員大会の後
「小橋リーダー、凄いですね。私達なんて白紙しか出せなかったのに……」
「あぁ、あの契約は全部白紙よ。最終日までに数合わせすればいいのよ」
「──?! と、取れなかったらどうするんですか?」
「大丈夫よ。みんな知っている人の名前使ったから」
「──?!」
(……って、この口調はまだ保険の説明もしてないという事よね……)
恐るべし、小橋リーダー。ちょっと彼女にピックアップされたお客さんを気の毒に思う設楽だった。
──次の日の朝礼
「え~、昨日は皆さんのおかげでうちの営業所の成績は支社トップとなった。ただ、これで気を抜かず、このまま全国制覇を目指そう! 分かったか!!!」
──し~~~ん……
……こ、この人って現実を知らないのかしら? 恐らく他のみんなも同じ事を思った事であろう。なんか、訳の分からないところでみんなと気持ちが初めて一体化したような気がした。
(あ~、よく考えたらまだ実際には契約上げていなかったっけ。まず白紙を埋めなきゃ……)
……こんな状態で、いよいよ波瀾の7月戦に突入していった。
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