たくみの営業暴露日記

第6話 施策旅行

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第6話 施策旅行

施策旅行出発前日

「大森支部長、ちょっといいですか。……今回の施策旅行ですが、終盤入院したりして迷惑かけてしまったので辞退させて下さい。仕事もしておかないと8月不安ですし」

 恐らく入社以来、初めての加藤の申し出であった。それまでも多々何度か申し出をしようとした事はあったが、スパルタ教育で名を馳せているこの営業部で上に申し出等する気持ちすらかき消されていた。実際にどうする訳でもないのだが、下手な事をいったら血ヘドを吐くまで殴られる……そうされても不思議ではない空気が加藤を包み込んでいたから。

 そのようなイメージを抱いていた加藤が申し出をするという事は相当の覚悟を決めてという事は想像するに難しい事ではなかった。が、その覚悟も空しく、加藤の要望は20秒弱で脆くも却下される事となる。

「あぁ? 何いってんだ? 施策旅行は強制だ。皆いける訳じゃないんだから、いきたくてもいけないヤツに失礼だろが! タダで旅行にいけるんだ。有り難がっていけや!!」

 新人である加藤に残された言葉はただ一つ、「分かりました」しかなかった。ちなみに強制というのは後に判明する事になるのだが、「嘘」であった。(当然といえば当然だが)

「お、加藤。お前施策旅行にいくんか。いいなぁ~。俺、トレーナーになってから施策旅行なんていけた事ないよ。ま、皆の分まで楽しんで来てくれや。あ、後土産も頼むぞ!」

「え……勝野リーダーいかないんですか?あれだけ成績出していたのに」

 勝野は実に加藤の2倍程度の成果を納めていた。当然勝野も参加するものと思っており、勝野が不参加というのにかなりの驚きを隠せなかった。

「あぁ、俺はトレーナーだからお前とは参加基準が違うんだよ。お前だけじゃなく皆がある程度の実績納めてはじめていけるんだよ。個人成績だけだったら余裕でいけるんだけどな……」

「そ、そうですか……」

「ま、お前いっても面白くないかもしれないけど、せいぜい楽しんで来いや」

 ただでさえ気が乗らない施策旅行。唯一ある程度話せる勝野が不参加という事が判明、加藤は非常に憂鬱になっていた、まるで締切りが明日でノルマが達成されていないような緊張感と共に。まさか仕事以外でこのような気持ちをするハメになるとは夢にも思っていなかった。

(うぅ……明日にならなければいいのに……いや、3日先にタイムスリップできればいいのに)

と、まるで子供のような事を思う加藤であった。

施策旅行

 現実とは厳しいものであり、当然のように今日という日がやってきた。 そう、施策旅行である。

 施策旅行とは簡単にいうとある一定の売上げをあげたらいける少々豪華な旅行であり、皆が出席するという社内旅行とは少々違う。現に各営業所より数名ずつ、大体50人弱の人数、割合にして大まかに3割程度の人達のみの参加人数である。

 終盤、加藤は倒れて入院したものの、この施策旅行の査定ラインは優にクリアしており、めでたく施策旅行にいける、という事である。

 ある一定の水準以上をクリアしないといけない旅行という事もあり、案外この施策旅行を目標に頑張っている人も多々いる様子であり、楽しみにしている人もいた。

「あらぁ、○○さん、久しぶり~」

「あれ? ○△さんは今回来なかったの?」

「今回は苦戦してたらしいのよ。残念だわね」

 旅行先へ向かうバス車内では所々でそのような話声が聞こえる。加藤は……というと、ふさぎ込んでいた。特に親しい人がいる……どころか殆どが「初めて見るような人」ばかりであり、平均年齢も心無しか高い。男性は営業部長達を除いて加藤1人だけ。 当然の事ながら加藤は浮いていた。

(うぅ、ただでさえ知り合いいないのに…これじゃ地獄だ。興味ない所を1人で無理矢理いくようなものだ……まだ飛び込みしていた方がラクだよ……)

 加藤の気持ちとは裏腹に、皆は盛り上がっておりいつのまにかつまみと各種酒が配られていた。

(おいおい、また酒かよ。この会社はよく昼間から酒出るなぁ、ホント。ま、会社とは実はこういう所なのか)

当然かなり特殊な環境の会社ではあるのだが、社会に出て初めての会社という事もあり、いつしか加藤は「これが会社というものか」と順応しだしてきていた。

「え~皆さんお疲れ様です。このバスは○○を経由しまして2時間程で最初の目的地、○△レジャーランドに到着します。それまでの間、ビデオ鑑賞、カラオケ等ございますのでどうぞ楽しんでいって下さいませ」

どうやらバスガイドさんも来ているようである。後2時間、加藤はある程度飲んで寝て過ごす事を決めた。──これが後に悲劇を招く事になるともしれず。

レジャーランド

「──では貴重品を持っていってらっしゃいませ」

 どうやらいつのまにか寝ていたらしい。バスガイドのマイクで目を覚した。

(ふぅ、ここで2時間……どうやって時間潰そう……)

 レジャーランド。
 知人といけばそれなりに面白いものなのかもしれないが、1人で何を楽しめというのか。それも男が。加藤にとって苦痛の時間の始まりのゴングが鳴った。

(取りあえず……中のベンチでボ~っとしていよう)

 どんなに嫌な時間でも、いずれは過ぎる。来ない未来等ない…と、不思議な言葉で自分を勇気づけながら、ベンチを探し、なるべくゆっくり歩いた。時間にして15分。本来ならば5分弱でたどり着ける場所を必要以上に時間をかけて、手ごろなベンチに腰を降ろす。

(後……1時間半ちょっとか。ま、公園で休憩してると思えばどうって事ないさ)

 加藤は孤独であった。
 皆が比較的輪になっていればいる程、孤独感は強まり、否応無しに気持ちが落ち込んでいく。その気持ちが最高潮の時、暗闇から一筋の明かりが加藤にあたった。

「あれ? 加藤君じゃん。私、覚えてる?」

 突然話し掛けられた人は…どこかで見た様な気がするが全く思い出せない。

「ほら、研修の時一緒だったヤ・マ・グ・チ。加藤君はあまり研修いなかったからあまり記憶ないかもしれないけど」

正直、あまり…というより全く記憶になかった。が、孤独感が最高潮に達していた加藤は話をあわせた。

「あぁ! おぼろげに覚えてます。お久しぶりです!」

「へぇ、加藤君ガンバってるじゃん。新人の中で今回1番だったんでしょ? 私なんか施策基準ギリギリだったんだけどね」

「いやぁ、まだまだですよ…途中倒れて入院しちゃったし」

「ところで、加藤君ヒマそうだねぇ。私もちょっと輪に入れなくてヒマだったのよ。良かったら一緒に回らない?」

「あ、はい」

 山口。推定加藤より数歳年上であろう。が、唯一といえる程の加藤と同じ20代、どうやら他営業所で研修中同期だったらしい。どのような人であるか…は、当時まるで初対面のようだった事より不明。が、少なくともこの瞬間だけはこの山口が天使のように見えた。──これからはじまる悲劇の使者であるとも知らずに。

ジェットコースター

 そもそもこのレジャーランドは乗物が主であり、その乗物フリーパスが皆に与えられていた。年齢層の高さから、何故にこのような施策にしたのか誰が決めたのか、と突っ込みをいれたくなるが。

 知人が全くおらず、乗物が好きではない加藤にとっては地獄のような時間となる筈が、ひょんな事より今は山口というパートナーを得て「楽しい」時間のスタート……という想像をしていた加藤に現実が待っていた。

「あ~、アレ乗ろうよ~。1人だとなんか気乗りしなかったけど、私乗物大好きなんだよ」

 山口がアレといったものは……TVでも取り上げられていた当時日本最長・最高というジェットコースターであった。そびえたつ概観は見るものを圧倒するかのような存在感、所々から悲鳴をもたらす張本人であった。

(えぇ……何これ。こんなの乗ったら……なんでこんなおっそろしいもの率先して乗らなくちゃいけないんだよ……)

「え……あ、あれはやめときましょうよ。ホラ、なんか混んでますし……」

「ん? あの程度なら10分も待てば乗れるでしょ。ほらぁ、いこうよ~♪」

「え……あ、あれは自分乗り気じゃないから下で待ってますよ……」

「あ、恐いんでしょ~。大丈夫、恐くないって。面白いって♪」

 元々気が強い方ではない加藤に山口を制する事は不可能であり、流されるままジェットコースターに乗る事に。並んでいる際、何かを話した気がするが、これから起こるであろう恐怖の前に完全に上の空であり、何を話したか記憶にない。時間の流れというのは残酷で、あっという間に自分達の順番になった。

(どんなに嫌な時間でも、いずれは過ぎる。来ない未来等ない……何、ほんの数分だ)

 覚悟を決め、瞳を堅く閉じ、悪夢が始まる。

「うわ……」
「キャー」

 TVで取り上げられていたジェットコースターは並ではなかった。想像以上のGにスピード、どっちに回転しているのかすら把握出来ず、加藤はふと死を予感した程である。

(うぅ……もう、ダメ……)

 半ば失神しそうな時、悪夢の時間が過ぎた。

(ハァ、ハァ……難関クリアした……ぞ……やった、ははは……)

 次の瞬間、まるで予期しない言葉が山口の口から発せられた。

「あ~、面白かったね。んじゃ、もう1回乗ろ♪」

「──え?!」

 耳を疑った。
 あの悪夢をもう一度というのか? コイツ、気狂いか? と心の中で思ったものの、ペースは完全に山口。押しの弱い加藤がまたジェットコースターの列に並ぶ事になったのは言うまでもない。

「うわ……」
「キャー」

 2度目。
 ある程度は慣れるものの、やはり何が楽しいのか分からない。想像以上のGとスピードは比例して加藤の恐怖を増長させていく。

(うぅ……もうダメ……)

 半ば失神しそうな時、悪夢の時間が過ぎた。

(ハァ、ハァ……今度こそ難関クリアした……ぞ……やった、ははは……)

 その時、悪夢は三たび訪れる。

「あ~、面白かったね。んじゃ、もう1回乗ろ♪」

「えぇ?? ほ、他いきましょうよ。これだけで時間過ぎちゃいますよ」

「ん? どうせ1時間程しか後ないから、これに絞った方がいいじゃん~」

 訳の分からない理論である。が、言い返す事も出来ずに悪夢を繰り返す事となる。──後3回程……

 後の事はよく覚えていない。恐かった──事だけは覚えている。それ以後、加藤はジェットコースターのそばにいく事は一切なくなる程のトラウマとして残る事となる。

「ふぅ、時間あればもっと乗りたいけど、もう時間だね。んじゃ、バスに戻ろっか」

「……はい」

 加藤の疲れはピークに達していた。ただでさえ病み上がりの加藤にとって、あまりにもハードな時間であった。

「今日のホテルの夕食楽しみだね♪」

「え? 何出るんです?」

「あれ? 見てないの? アワビのステーキだって。食事はかなり豪勢らしいよ♪」

 帰り際の話を聞き、少し元気になった気がした。実際、この施策旅行にて唯一といっていい楽しみは「食事」であった。その期待を裏切らないであろうメニューを聞き、心が踊った。が、悲劇はまだ終わっていない。

バスの中

「──でありますので…────」

 ガイドさんが何かを話している。が、加藤は急激な吐き気と頭痛・腹痛と戦っていた。

 よく考えれば自然の現象であり、飲み潰れる程バスの中でビールを飲んだ後ジェットコースターに乗るなんてしたら、悪酔いを自らするようなものである。悪夢の緊張感にて身体の変調に気付かなかっただけで、ふと気が抜けたバスの中で一気に各症状が加藤を襲う。

(うぅ……どんどん酷くなる。夢だ……これは夢だ。いつか覚める悪夢だ……)

 現実とは厳しいもので、当然夢の出来事ではないが為、症状は変わる事なく加藤を包み込む。うなされ続けホテルへと辿り着いた時、加藤は既に限界だった。

ホテル

 食事。
 アワビのステーキを中心に、豪勢な料理がズラっと並び、見るものを魅了する。口にすれば瞬く間に一時の幸せを感じる…なんて光景を見る事もなければ食す事もなかった。

 加藤はホテルに着くまでが限界であり、そこからはホテルの中の布団で本当の夢の世界へと旅立っていた。気がついた時は……翌日のバスの出発時刻となっていた。

帰社

 鈍痛の頭と腹を抱え、気がついたら会社に辿り着いていた。当然様々な場所を回ったのであるが、殆ど記憶にない。ただただ「体調が非常に悪い」という事だけは覚えている。。

「……た、ただいま戻りました」

「おぅ、お帰り。どうだった、食事は美味しかっただろ? 食はホントいいからな、施策旅行は」

「え、えぇ……」

生返事しか出来ない加藤であった。

 山口という人物により、施策旅行の思い出は……ジェットコースター、体調不良──この2つのキーワードしか残らなかった。ただ、孤独感からは開放されたのは事実であり、もしかしたら楽しい思い出に将来的になるかもしれないな、感謝しなくちゃな……と加藤は思っていた。

 ちなみに山口とは再び接点を持つ事になるのだが、それはもう少し先の話である。

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