たくみの営業暴露日記

たくみの営業暴露日記~最後の210日~第17話:決別

たくみの営業暴露日記
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第17話:決別

──やった……重大月で倒れる事なく無事に乗り切ったぞ……!

加藤は11月戦が終わり、思わず感慨に浸っていた。

何を大げさに言っているんだ、という読者の方もいるであろう。が、過去8回あった重大月(7月と11月、それが4年)のうち、実に5回も倒れて入院していた加藤にとっては、何事もなく無事に過ごせた事が何よりも嬉しく感じていた。

──とことん、重大月に縁がない男

年間トータルの成績の割に、そこまで加藤の知名度が上がらなかったのは、病欠の為に重大月不在の時が多かった事が原因であろう。(後、営業部長に嫌われていた事も原因の一つであろう)

そんな加藤が11月戦で残した成績は──26件。9月からのトータルの成績は、実に44件。この数字は……長らくスランプで沈んでいた加藤が華麗に復活し、自分の地位を確固たるものとし始めているかのように端からは見えた事であろう。

が──この時、既に加藤は会社に残るという選択肢を残していなかった。

この事を知っていたのは……九重、畑口、そして……小橋であった。

小橋との別れ

 11月戦が終わり後処理が落ち着いた12月初旬のとある日、小橋に声をかけられ某ホテル最上階でランチを共にする事となった。談笑しながら軽く腹を満たし、食後のコーヒーを飲んでいる時──小橋の聞きなれない単語から、2人の最後の会話は始まった。

「そういえば加藤君、今年もMDRT辞退するの? 一度くらいコンベンション出た方がいいわよ。いい刺激貰えるから」

「え、えっと……CT検査やMR検査はよくやってますが、MDRT検査なんてのがあるんです? 確かに検査仲間との会合があるなら、何か勇気貰えそうですね」

「www 面白いジョーク言うわね。……というボケはいいから、本音はどうなの?」

「い、いや……ジョークでもボケでもなく、MDRTって何ですか?」

「──?! い、今まで誰からも聞いてないの? 去年度も一昨年度も基準満たしたでしょ? 今年も十分基準に到達するラインにいるでしょ?」

「??? 血圧や血糖値の話ですか?」

「ほ、本気で言ってるの? MDRTを本当に知らないの?」

「は、はい……初耳です」

「(ハァ………)せめて去年、私が声をかけておくべきだったわ。ホント、男共は何やってたのかしら……。いい? MDRTというのは一言でいうと生命保険営業においてとっても名誉ある称号みたいなものなの。厳しい基準をクリアした一握りの人しか会員になれないんだから。うちの支社では私と川崎さんと他営業所の河合さんの3人しか会員になれてないのよ」

「へ、へぇ……いまいちよく分からんですが、重大月の売上のTOP3で表彰される様なものですか? だったら、俺が選ばれる筈ないじゃないですか。今回の重大月だって、結果的に支社で5位くらいですよね」

「MDRTは年間トータルの成績が基準になってるから! 去年度なんてもう少しでCOTだったじゃない! 川崎さんと肩を並べる所までいってたじゃない!」

「へ、へぇ……」

「MDRT会員になるって事は、全国トップクラスの営業マンとして認められるという凄い事なのよ!」

「よく分からないですが、その会員になったら賞金とか出るんですか?」

「そういうのじゃないから! 名誉な事だから! 肩書として名刺にも謳えるから!」

「え、えっと……いまいち名誉って意味が分からないんですが、それって何ですかね?」

「な、何言ってるの? 優れた実績を得て多くの人に評価されて尊敬の念を抱かれるのよ。認められる事は人の生き甲斐そのものでしょ」

「え、えっと……褒められたら嬉しいという感情のパワーアップバージョンみたいなもの……でしょうか?」

「か、加藤君……本気で言ってるの? た、例えば重大月で表彰される事についてどう思う? ほら、1年目の時に新人トップの実績残して表彰されたじゃない。みんなから拍手喝さいを浴びて快感だったでしょ?」

「い、いや……この手間暇のお金を賞金として貰えたらな~って……表彰の時間、勿体ないな~としか……」

「ご、ごめん……例えが悪かったかな。ほ、ほら……上から人を見ると優越感に浸れて気分良いでしょ?」

「い、いや……化け物・特別扱いされてみんな俺を遠ざける様になって、居心地悪かったです……気が付いたら誰からも叱咤・指導されなくなって、寂しかったですし」

「そ、そう……それはおいといて、MDRT会員になれば箔がつくから! 営業で有利になる事もあるから!」

「え、えっと……俺が知らなかったのに、保険業界以外の人が知ってる可能性はゼロに近いかと思いますが……」

「と、とにかく! MDRT会員になって損はないから!」

「……まさかと思いますが、AFPやCFPみたいに年会費が必要なんて事は──」

「年5万ちょっとくらいなら安いものでしょ! なりたくてもなれるものじゃないんだから!」

「……だったら俺はいいですわ。会員になったからといって顧客紹介してくれる訳でもないみたいですよね、FP協会がそうしてくれない様に……そもそも俺、名刺なんて殆ど使いませんし。……現に入社時に作った名刺100枚、未だに半分は残ってますよ……」

「名刺を使わないって……今まで何配ってたのよ……」

「え? 入社時に作成した自己紹介ビラをそのまま使ってますけど? みんなもそうじゃないんですか?」

「みんな数カ月もしないうちにそんなビラ使わなくなるから。……ま、まさか……企業にもそれを──」

「え? 研修の時に最初の会社訪問時には自己紹介ビラを配りましょうって言われたので普通に配ってましたけど?」

「……それは職域訪問の話だけどね……それを企業訪問と勘違いしてたんだ……」

「意外にウケ、いいですよ。こんなモノ持ってくるヤツはお前が初めてだって」

「……こんな自己紹介ビラを名刺代わりにしてる人なんて、きっと日本中探しても加藤君だけだろうからね……ある意味尊敬するわよ、その度胸というか勇気というか……常識知らずというか……」

「まぁこんな感じですので、俺にはその肩書は無用の長物ですよ」

「な、何言ってるのよ……高レベルの人達と出会えるんだよ? 切磋琢磨できるんだよ? 人生においてそれは何ものにも代え難い財産になるじゃない!」

「……興味ないです。そもそも俺、営業センスないって自覚してますし……川崎さんや小橋さんみたいな営業のプロフェッショナルの中に混じったらメッキが剥がれるのがオチですよ」

「ホント、何言ってるの? センスがないって……誰が言ったのよ。加藤君はセンスの塊じゃない! これでもし話法が上手くなって押しができるようになったら──」

「それができる人が、営業センスがあるって事ですよね。俺には逆立ちしたって無理ですよ。それは俺が一番理解してますから。……その欠点を補う為の手法が今の形ですから……センスのある人のやり方を取り入れたら逆にスタイル崩して落ちぶれるに決まってるじゃないですか」

「……」

「ちなみに……全く実感ないですが、俺は現時点で全国トップレベルの生命保険の営業マンって事ですよね?」

「そ、そうよ! このままいったら──」

「もし俺が勝野さんと切磋琢磨していたら、このレベルになれたと思います?」

「そ、それは……」

「それが……全ての答えだと思います。孤立して、孤独になって……幻想を膨らませたから、こんな俺がこのレベルに飛躍できたんです。……もう数段階、飛躍して化け物になる為には、完全に孤独にならないと……だからMDRT会員になって遊んでる暇は俺にはないです」

「MDRTを遊びって……何言ってるのよ……。ホント、悪い事言わないから、加藤君はMDRT会員になりなさい。会費は私が出してあげるから。そして、トレーナーになりなさい。MDRTの肩書があれば、支部長や営業部長の道だって簡単に開けるから。もしかしたら20代で営業部長も夢じゃ──」

「それで業界、変えられますか?」

「──え?」

「この業界を一新して、金融リテラシーの高い集団に生まれ変わらせられますか?」

「な、何を……」

「世論の声を動かした方がまだ可能性ありますよね。……業界を動かすには」

「……バカな事を考えるのはやめなさいよ。会社に残って九重と幸せに暮らしていけばいいじゃない。営業部長まで、いや……その上までの道は私が必ず作ってあげるから」

「俺は……欠陥人間ですから……人の上に立つ資格も幸せになる資格もありませんよ……1人になって化け物になって……俺にしかできない方法で1人でも多くの人を救わなきゃ。そして多くの罪を背負って、壊れながら逝きますよ……」

「一体何をしようとしてるのよ……多くの罪を背負うって……ま、まさか──」

「保険業界を……俺が一度ぶっ壊して再構築します」

「……加藤君が思ってる程、社会は甘くないから。出る杭は打たれるものだから。絶対潰されるよ」

「……出過ぎた杭になって誰からも潰されないレベルになってみせますよ……」

「……加藤君のせいで路頭に迷う人だってたくさん出るよ? 業界の人、全ての恨みを買うかもしれないよ? 普通に街、歩けなくなるよ? 幸せな人生歩めないよ? 長生きできないよ?」

「全て覚悟できてます。……4年で全てのケリつけて、壊れて逝きますよ。……誰もやらないなら、俺がやらなきゃ……」

「もう……これ以上話しても無駄の様ね。……やっぱり加藤君は……そっちを選ぶ……か。……今から私と加藤君は、赤の他人だから。……敵だから!」

「……分かりました。……今まで本当にありがとうございました。こんな俺に気をかけてくれて、評価してくれて、引き止めてくれて……小橋さんの事は……一生忘れません!」

「……身体だけは気を付けてね……戻りたくなったらいつでも戻ってきていいから」

「……はい」

こうして、加藤と小橋の関係は終わりを迎えた。その後、小橋と目と合わせて会話する事は……二度と訪れる事はなかった。

そして、この時から正式に──退職までのカウントダウンが始まった。

退職まで残り4ヶ月。

いばらの道が口を開けて加藤を待っていた。

九重と美子ちゃん……?

──家の風景

「フフッ……(ピピピピ、ピピピピ……)」(九重、携帯メールを高速で打つ図)

「ん? あすか、メル友でも出来たの? さっきからニヤニヤしながら携帯メール打ってるけど」

「(チラッ ニヤリ)フフフフー♪(ピピピピ、ピピピピ……)」(こちらをチラリと見てニヤリとした後、携帯弄りを続ける九重の図)

「ん? 何、その意味深な笑顔は。まさか俺の話題でもしてるの? 相手は伊織さん?」

「たくみ君の話題は遠まわしにしてるけど、相手は伊織さんじゃないよ。誰だと思う? きっと滅茶苦茶驚くよ~。フフッ♪」

「……勝野さん?」

「ブー、不正解」

「えっと、誰よ?」

「じゃ、大ヒント。……へぇ、今って修学旅行って広島いくんだ~。厳島神社か~、いいな~」

「えっと……まさかの小橋さん? へぇ、そんな大きな子供さんいたんだ……」

「ブー、不正解。これだけヒントあげてるのに当てられないなんて、たくみ君もまだまだだね」

「いや、お前の交友関係知らないし、共通点ある人物なんて限られてるじゃん。他に誰がいるのよ?」

「しょうがないな~。……フッフッフ♪ ジャーン!」(不気味な笑顔と共に携帯を見せる九重の図)

「──?! み、み、美子ちゃん? な、何で……?」

「高校に潜り込んだ時に、何となくメルアド交換して、流れでメル友に、ね♪」

「お、お前……ホント凄いな……それ、営業に活かせば余裕で一財築ける様な……」

「何言ってるの? これくらい営業かじった人なら誰でもできるわよ。ね? たくみ君が営業向いてないってよく分かったでしょ?」

「いや、お前が凄いだけの様な……伊織さんがこんな事できるのは日本中探してもお前くらいだって言ってたし……」

「たくみ君に気を遣ってそう言ってるだけに決まってるじゃん。真に受けちゃダメだって~」

「そ、そうか……俺を傷つけない為にそう言ってただけなんだ……やっぱり俺、ダメ営業マンだったんだ……もう辞めるとはいえ、ちょっと落ち込むな~……」

「ドンマイ♡ それにしても、美子ちゃんってモテモテだね。私が聞いただけでも4人に告白されたって言ってたし」

「あ、そ、そうなんだ……あんな幼かったのに、いつの間に……」

「ただ、ずっと好きな人がいるからってみんな断ってるみたい。ただ、絶対一緒になれない人だからって。何か辛い恋してるみたいだよ」

「へ、へぇ……」

「その人の為に勉強頑張ってるんだって。そしたら、喜んでくれるからって」

「……相手は学校の先生……か。何て健気な……」

「けど、多分美子ちゃんが押せば大抵の男は堕とせるよね。よし、お姉さんの私が大人の恋愛テクを伝授っと♡」

「お、お前……何て事を……禁断の愛に走っちゃったらどうするんだよ……それに、美子ちゃんはまだの筈だから、難易度高すぎだって」

「ん? 美子ちゃん、もう経験済って言ってたよ?」

「──?!」

「去年の冬、初恋の人で卒業したんだって。……いいな~、美子ちゃん、青春してるな~」

「ま、全く気付かなかった……一緒に住んでたのに……それにしても16歳で初体験とは……早いなぁ……」

「何言ってるの? 今時の子で16歳なら遅い方だよ。美子ちゃんの妹は15歳で済ませたみたいだし」

「マ、マジで? し、信じられん……あんな真面目そうな子が……」

「人は見かけによらないから。10代で恋愛を終わらせて20代で結婚する為にはこれが普通だって」

「し、知らなかった……まさかお前がスタンダードだったなんて……」

「wwwwww」

挿話(?)

久しぶりの物語更新。微妙に本業が忙しく・・・

ま……概ねリアルです。

恐らく自分が人と大きく違っている点は、今回に集約されている気がします。

「地位、名誉、名声……何それ、オイシイの?」

これに関する感情(という表現でいいのかな?)が、著しく劣っている様です。承認欲求というのが殆ど理解できないというか何というか……こんなHPやっておきながらあまり説得力ないかもしれないですが、ね。

「普通に友達がいて、そこらの居酒屋でバカ話をしたりして社会の歯車の一部になって目立つ事なくいち市民としてひっそり生きていきたい」

いつしか、これが自分の夢になっていました。

……営業職に就く時は「一旗あげてやるぜ!」「普通の人生なんて真っ平だ!」なんて野心たっぷり抱いていたのですがね……

 

MDRT……恐らく保険業界に携わる人以外は自分と同じ様に「何の検査?」と思われるでしょうが、一応は保険営業における一つの目標みたいなものっぽいです。どうやら自分は3年くらいはこの会員になる水準に達していた様ですが、ホントこういうのは興味なくて……

「何が営業下手で地区レベルだよ! 超優績者じゃないかよ!」

こんなツッコミもあるかもですが、たまたま「運が良かった」という認識しかなかったですしね……(田中・日高ちゃん絡みとか、ドカンと会社契約とか、最終年の挨拶まわりとか……全て自分の実力じゃないと認識してますから。リアルでの飛び込みのみの実績では地区レベルの優績者並だった筈ですし、それが自分の本当の実力だと思っている)

 

小橋に関しては……ホントよくして貰いました。話的に略してますが、何度も飲みや食事に連れて行ってくれましたしね。色々な噂の絶えない人でしたが、少なくとも自分にとっては「いい人」でした、最後まで。

正直、「大きな声では言えない生保会社の裏事情」のスマッシュヒットがなければ、勝野との一件がなければ、そして九重の妨害がなければ、、、説得に応じて普通に残っていた様な……

ま、こういうのが重なるのが必然であり運命なんだと納得してますけどね……

次回は……恐らく今までで一番クズの話です。

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