たくみの営業暴露日記

たくみの営業暴露日記 最終章 第12話:置き土産

たくみの営業暴露日記
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置き土産

残り2ヶ月。
数ヶ月に及ぶ今までの契約者・見込み客への挨拶回りをほぼ終えた加藤は、後の日にちをどのように過ごすか悩んでいた。普通に考えれば辞めるつもりなのだから、そのままサボッてしまえばいいと思われるが、変な所に真面目な加藤にはサボるという選択肢は頭に全くなかった。

(取りあえず、地区の既契約者にお伺い訪問でもしておくか……)

※地区の既契約者=自分が契約を取った人ではなく、知らない誰かが契約をとったもので、同地区内で担当者がいない(殆どの理由が担当が辞めた為)契約者の事。

探そうと思えばどれだけでも仕事はあるものである。今までの加藤は主に新規飛び込みメインの仕事をしていたが為、殆どといっていい程既契約者巡りはしていなかった。(新規飛び込みにおいて偶然既契約者だったというケースは多々あるが)

というか、既契約者を回る時間を取れなかったというのが正解である。

辞めると決心してから加藤の活動で大きく変わった事は、新規飛び込みをしなくなった事である。(そもそもドクターストップが掛かっていた訳ではあるが)

自分のお客さん・見込み客巡りがほぼ終わり、時間を持て余し気味になった加藤は、皮肉にも営業部長が率先してやれ! といっていた既契約者巡りをする事になったのである。

1件、また1件──
何事もなく、現在の既契約の確認・説明という訪問が続く。当然といえば当然ではあるが、ここ数ヶ月であったような皮肉な契約に結びつくケースは1件もなかった。

1日30件のペースで、11日目のとある企業にて、事は発覚する。

「こんにちわ、○○生命の加藤と申します。総務ないしは社長さんはいらっしゃいませんでしょうか?」

この企業──地元ではそれなりに有名な企業であり、加藤もその名を知っていた。が、別に新規で契約を狙う訪問という訳でもなかったが為、加藤自身も信じられない程リラックスして飛び込みを敢行していた。

窓口にて呼び出してもらって、応接間にて待つ事5分弱。さっそうと登場したのは、意外な事にその企業の社長であった。(本来、全くアポイントなしのはじめての訪問時は面談を拒否されるないしは、出て来てもせいぜい総務止まりというのが普通である)

「ほぅ、○○生命かね。珍しいなぁ。で、何かね、要件は」

「はい、現在○○生命既契約者の方全員に、今加入されている契約内容の説明にて回っているのです。お時間は大体30分程度頂きますが、お時間は大丈夫でしょうか?」

「ん? まぁ今日は特に用事ないからいいよ」

「では、早速──」

既に100件以上同様の流れで説明で回っていた加藤は、非常に流暢に丁寧に、説明をしていった。全ての話が終わった時、社長が質問してきた。

「ん~、なる程。何だかよく分かったよ。ところで、終身保険とは単体で加入出来るとかいっていたが、仮に55才の場合で10年払いだとどれくらいの保険料になるかね?」

「えぇ、このケースですと──(端末を取り出し、ササっと参考例を作成しみせながら)こういう感じになります。こちらが解約返戻金になりますね」

「ほほぅ……」

まるではじめて保険の事を真面目に聞いたかのような反応を見せた社長は、これを機に様々は保険に対する質問をしてきた。そして、それに丁寧に答える加藤。このような質疑応答の繰り返しにて、気がつけば優に3時間近くが経過していた。そして──

「実は……な」

今までと打って変わって真剣な表情を浮かべ身体を少々前のめりにしゃべる社長に、思わず加藤も同じ様な体制になり、耳を傾ける。

「そろそろ、うちも役員退職金制度を作成してみようかと思うんだよ。今の話を聞いて大体大まかには理解したつもりなんだが、一応額が額だから、他の役員とも話し合わなくてはいけないんでね。少し先の話になると思うし、もしかしたら他でやるかもしれないけど、相談に乗ってくれるかね」

「は、はぁ……ただ、役員退職金にて終身保険で考える場合には正直うちよりも外資等の他社さんの方が条件よくなりますよ。うちで検討していただけるのは光栄ですが、貴社の利益を、と考えられる場合には他で検討された方がベストになるでしょう」

まぁ、当然「辞めるつもり」が無ければまず口に出す事のない、出せないトークである。事実、加藤はこのような「客観的比較によるトーク」を最近は多様していた。(契約を取る事は全く頭になかったが為)。

が、ここでも予想外の答えが返って来る事に。

「ふははは! 気にいった! 今まで色々な営業を見て来たが、ここまで素直に正直に、自社を売り込む事なく適切なアドバイスする営業は見た事ない! 何、ちょっとしたカマかけだったんだよ。最初から大手国内生保にお願いしようと思っていたんだ、他より多少不利な条件でもな。ただ、仮にここでデメリットを一切いわず売り込むようだったら、即座に断わるつもりだったんだよ」

「──え? た、ただ……自分辞めるかもしれない……ですよ……?」

「ん? ま、君みたいな人なら例え辞めても利益抜きで動いてくれるだろうから、いいよ。ま、最初の契約さえキチっとやっておけば、別に後誰が担当になっても変わらないし、な」

当然、即決という話にはならないような話である。数は少ないがこの手の企業の場合、ある程度会社の役員会議(?)等で話し合いの結果、契約となる。大体早くて2ヶ月程度の時間を要する事が過去の経験より把握出来ていた加藤は、何とも複雑な気持ちになっていた。

(契約がまとまる頃には俺は……まぁいないな。当然、手数料も入る事はない……か。ま、恐らくこれが最後の契約になるから……引き継ぎはちゃんとしておかないと……な。色々理不尽な事、去年から色々あって結果的に退社を決意したけど、逆に考えるとそれまではお世話になった……よな。まぁ、そう大きな土産という訳ではないだろうけど……ちょっとくらい営業所に置き土産をおいていくのもアリ……だよな)

考える事数秒、取りあえず頭を切替え、次回契約の具体的な額の設計書をもってくる事を約束し、その企業を後にした。

帰社後、加藤は営業所全体を見渡してみた。

(だ・れ・を・ひ・き・つ・ぎ・に、し・よ・う・か・な、と。……木村さんにしようかな)

木村という人物は、いままで物語には登場しなかったが、殆ど加藤と入社時期が同じであり、数少ない同僚に近い人物であった。それ程仲がいい訳……以前に全く接点もなく話すらした事がなかったが、営業所内で流行っているマルチに参加していない数少ない人物であり、黙々と仕事をするという姿勢に加藤は自分と同じ匂いを感じ取っていた。

(木村さんなら、引き継ぎとして問題ないな、多分)

そう思い、木村さんに早速声をかける事に。

「え……あ、か、加藤さん。ど、どうも……」

木村は非常にビックリした表情を浮かべていた。よくよく考えたら、木村に話し掛けるのはもちろんの事、今まで一言もしゃべった事がなかったから当然といえば当然である。少々バツの悪さを感じた加藤であったが、構わず話を続けた。

「実は、木村さんを見込んでちょっとお願いがあるんですが。とある企業契約の引き継ぎをしてもらいたいんですよ」

「え……ど、どういう事です? 加藤さん自身でやればいいじゃないですか」

「……まだ誰にも内緒なんですが……俺、今月一杯で辞めるつもりなんですよ」

「え……えぇ?! な、何でですか?」

「まぁ、色々と事情がありまして。だから、俺が扱う事が恐らく不可になると思うんです。木村さんなら信用おけると個人的に思ったので、是非俺の変わりに契約をお願いします」

「え、えぇ。まぁいいですけど……それだと加藤さん自身は手数料入らなくてマル損じゃないです?」

「ま……そうですけどね。誰にも知られる事なく、置き土産でも出来ればいいかな、と思いまして……」

遠い目をしながらしみじみと語る加藤を不思議そうな顔で見る木村。結局は、狐に包まれたような気持ちであったであろうが、加藤の話に了承をした木村であった。

(ふぅ……これで、やり残した事はない……かな……)

引き継ぎ(?)の了承を得た事で、ひと安心する加藤。が、この最後の「置き土産」が時間と共に非常に大きな、大きな実へとなっていく事、そしてそれにより起こる悲劇をこの時は想像する事は出来なかった。

数日後、加藤の携帯がなった。この間の例の企業である。電話に出た途端、加藤は耳を一瞬疑うような言葉を聞く事になる。

「おぉ、加藤君かね。確か今日来てくれる予定だったよね。この間言っていた保険金の10倍と20倍のもの、今からいう人数分作成して持って来てくれよ」

「え……じゅ、10倍と20倍ですか?」

「じゃぁ、メモちゃんと取ってよ」

名が出て来たのは合計5名。それと同時に、会社契約以外の個人のものも作成して欲しい旨を聞く事に。電話を切った後、思わず加藤は簡単な足し算をわざわざ電卓にてゆっくりと検算し直した。

(こないだ……のが、5000万だったから……5億と10億。5億×5人で……25億……下手したら50億……? な、なんじゃこりゃ?)

50億という保障額は、当然個人レベルの年間数字から大きく外れており、営業所全体での年間ノルマの何分の一、という数字である。過去、マグレで大きな契約をとった経験がある加藤ではあったが、その時より遥かに大きな数字は加藤の想像の域を超えていた。

(ま……こ、こんな額の保険が……決まる事なんて、ない……よな。せいぜい、合計5億程度、だよ、な、ははは……)

と、加藤は半ば冗談のように考えていた。
が、考えとは裏腹に、この非常に大きな契約は、徐々に現実味を帯びる事になっていったのである。

3月25日

──今日でここに来る事は……二度とないのか。4年間、短かった様な長かった様な……色々あったな……ちょっと感慨深いかも。

やっぱり最後の契約は間に合わなかったな。できれば自分の手でまとめたかったけど……ま、木村さんに任せたから大丈夫か。設計書も作成済で渡してあるし……

結局……誰にも惜しまれる事もなく、悲しまれる事もなく、知られる事もなく……去る事になったか。ま、こんなもんか……会社っていうのは、社会っていうのは。

多分、俺のせいだよな……こんな寂しい最後になったのは。……どこで間違ったんだろ? ま、俺は社会不適合者って事……なんだろうな。

取りあえず社会人生活に未練は特にないけど……一度くらい男の後輩を連れて飲みに行く経験はしたかったかな……って、俺にはどうやっても無理だったか。

明日から……朝早く起きなくていいんだ。スーツも着なくていいんだ。身だしなみも気にしなくていいんだ。……人目を気にしなくていいんだ。

せいせいするよ。

でも……人と話す事、なくなるんだ。外に出る事も、ほとんどなくなるんだ。一日中、パソコンとにらめっこの日々が始まるんだ……これからずっと……死ぬまで……1人きりで……

……本当にやっていけるかな……1人で耐えられるかな……いや、早く順応しなくちゃ。

お金、どうにかしなくちゃな。美子ちゃん達の仕送り分省いたら恐らく半年もしないうちに底ついちゃう筈だし……ま、最低限の生活費分は警備員でもやってどうにかするか。

後4年……いや、幸子ちゃんが大学入学するまでの3年だけでいいから、どうにか生きないと。

取りあえず、何とかやってみるから……本当の化け物になって全力でやってみるから……そっち逝った時、ちょっとは褒めてよ、美幸。って、あすかの件でボロクソ言われそうだな……ごめん。

さてと……そろそろ行くか。

「お世話に……なりました!」

挿話

次回最終回……といいつつ、正直上手くまとまるか不安になってきました。恐らくは「最終章終了」とし、HPにて「新章」をupしていく事になるでしょう。

最後の最後に、過去最高──下手したらこれだけで数年食べていけるであろうと思われる程のドデカイ契約の話が舞い込んで来ました、偶然なのか必然なのかは知りませんが。

比較的大きな、少々古い企業になってくると、コンサルするのがアホらしくなる程、ある程度話を聞くと「自分達で」勝手にドンドン提示してきます。(これで考えている、と)
(過去、他の所ですがまともにコンサルした設計書をほかり、「1億以下はうちは入らない」なんて不思議な事いう所すらありました)

役員退職金制度は、案外意外な程作成されておらず、かなり穴場の市場でしょう。 (恐らく今も変わっていないかな?)

穴場といっても、中小企業(小企業かな?)においては、大抵の所は誰かしら回っており、中々新規で飛び込んでも難しいものです。

が……意外な程、「比較的大手で名の知れた所」へは、および腰にでもなるのか、あまり市場は荒らされて無いケースがたまにあります。 ま……今回のはそんなケースの話でした。

個人ノルマが、基本的に平均ちょい上で、4件の修S4000万といった所です、月。 まぁ、営業職員が40人いたと仮定、皆同じノルマだとすると、営業所全体の月ノルマが、16億。年間ですと、192億ですな。

当然、ノルマ4件という人は逆に数は多くなく、実質的には3/4程度となるでしょうか。144億、まぁ150億。

……営業所年間ノルマの1/3強という数字を、いち職員があげる……というのは、今も昔も「異質中の異質」でしょう。給料計算は……流石にする気になれなかったです(笑)

はい……全く予想だにしなかった「ちょっとした置き土産」のつもりが、「ドでかい置き土産」になってしまいました。

強引にまとめるならば、、「欲がない方が、大成しやすい」という裏返し……なんでしょうか、ね。。

なんにせよ、遠い過去の話ですな。

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