たくみの営業暴露日記

たくみの営業暴露日記 最終章 最終話:残された人々

たくみの営業暴露日記
スポンサーリンク

最終話:残された人々

4月。
いつもと変わらない営業所の風景。年度初めという事もあり、少々緊張した空気が流れている。

この時は誰も、何の変化があるとは気付かなかった。

……1人を除いて。

1人、木村だけがまるで何かに怯えるかのような表情をしていた。

(……加藤さんの言ってた事、ホントだったんだ。で、置き土産といって自分に託した契約の設計書、これは……何かの冗談……嫌がらせか?)

木村がそう思うのも無理はない。
5人の会社契約に個人契約の分をあわせると、保険金合計(終身)は優に50億は超えている。

当然、その額は木村が今まで取って来た契約全てを合計しても全然到達しない額である。木村はこれまで、主に個人宅対象の契約ばかりであったので、億という単位の設計書を作った事は過去一度もない、ごく一般的な営業職員であった。

木村は、まるで狐に包まれたような気持ちで、半ばやけくそ気味に加藤が指示した企業へ出向いた。

「す、す、すいません! ○○生命の……き、木村といいますが──」

「あ、少々お待ち下さいませ。あちらで社長がお待ちです」

木村は必要以上に緊張していた。
それもその筈、この企業は地元の人ならば誰でも知っているといっても過言ではない、有名企業であったからである。それ以前に、木村は企業訪問という活動自体が初めての経験であった。

受け付けに案内された応接間へ、恐る恐る入っていく。

「おぉ、君が加藤君の代理で来た木村さんかね、よろしく。じゃぁ、早速指示した設計書を見せてくれるかね」

「は、はい」

話は大体まとまっている感じを受けた木村であったが、この時でもまだ、設計書の額が一桁間違っているのでは? という疑問は消えなかった。えぇい! と半ばやけくそ気味に、恐る恐る設計書を提示する。そして、それをまじまじ見る社長。

「──なる程、なる程。よし、分かった。返事は来週中にでも電話するよ。あ、加藤君にもヨロシク言っておいてな」

「は、はい」

……どうやら、本当にこの設計書で間違いはなかった様子である。半ばホっとしながら、会社へと戻っていく木村。

(まぁ……流石にこれが決まる……事はないよ……な。あの設計書の1割でも決まったら……ははは、そんなうまい話がある筈ない……か)

木村は想像を遥かに超える桁の大きな契約がまるで宝くじでも買ったかのような気持ちになっていた。当たる訳がない、と。1万でも当たればラッキーだな、と。

木村がすっかり忘れてしまっていたこの契約は、2週間の時間を経てOKという答えが返って来た。

(え……え? OK……って……あれで決まる……の……か?)

慌てて契約書を作ろうとする……が、必要書類が何が必要か分からない。(ある程度額の大きな契約の際には、色々必要になる)

取りあえず、営業部長に相談する事にしてみた。

「あ、あの……営業部長、相談があるのですが……」

「お、何だ?」(リラックスでもしているのか、お茶を飲んでいる)

「この度、会社契約が取れる事になって……」

「(目を見開きながら)おぉ! おめでとう! お前にとって初めての会社契約だな。額は5000万くらいか?」

「いえ……それが……合計で50億超なんです……」

「(お茶を吹き出しながら)ゴホッ……5、50億~? お前が? どういう経緯で取れたんだ? 何? この企業は……お前、どんな強いコネがあったんだ?」

「い、いえ……そ、それが……」

「この形式だと……役員退職金制度を作って、という形……か。お前、いつその勉強した?」

「い、いえ……そ、その……」

「……お前……これ、お前の契約じゃないだろ、ホントは」

「は、はい……それが、実は──」

加藤の誤算──いや、恐らくは誰に頼んでも同じ事であったであろう。額が大きすぎるが為、そのプレッシャーに負けてか、木村は今までの経緯を隠す事なく白状してしまっていた。

全ての話が終わった後、営業部長は少々遠い目で何かを考えていた。

(あいつ……なんで辞めた……んだ?)

横田が知っている事は「一身上の都合」という事だけであった。横田は基本的に去るものは追わずという方針でやっているが為、何も聞く事なく退職願いを受取ってはいた。

が、冷静に考えてみると、不思議な事が多くある。本来辞めていく人間というのは殆どが成績不振で辞めていく。成績が好調で辞めていく人間はせいぜい寿退社くらいであり、加藤にそれが当てはまる事は考えられない。

今後に不安を感じて、というには加藤の成績は群を抜いており……さらに今回の「置き土産」と称する企業契約はもし在籍していたとしたら一般のサラリーマンの得られる数年──いや、それ以上に値する手数料が得られるものである訳で。

加藤の行動自体、全く理解出来ずにいる横田。 そこに1本の電話がかかって来た。

「お世話になります、大森です。実はとある企業より電話がありまして、加藤の様子が少々おかしかった等伺いました。加藤に何があったんですか?」

大森。
覚えている人は少ないかもしれないが、1年目の時の支部長である。

加藤が最後に訪問した企業は昔、大森が出入りしていた事もあり、大森と社長は仲は良かった。今回の加藤の契約の事は社長より大森の耳に入っており、影で大森の太鼓判を押されたから決定した契約ともいえた。大森としても、過去1度だけ加藤経由の契約にて不手際を起こした事があり、その穴埋めの意味も込めての援護射撃であった。

※当然、加藤はその事を知らないでいた。

突然の意外な人物からの電話に戸惑う横田。普段はテキパキと何ごとにも対応する横田らしからぬ、ごにょごにょした対応に大森が少々キレる。

「……もしかして、加藤に何かあったんですか? まさか退社……とか。仮にそうだとしたら、あの加藤がそこまで思いつめるなんて……何があったんですか!」

「い、いや……その……」

「とにかく! この件については支社長にも相談したいと思います。元部下である加藤は貴重な存在として私が大事に育てた人物ですから!」

「……」

横田は知らなかった。
加藤の入社経由、そして横田が来るまでの異例ともいえる白地開拓の実績について。 いち営業職員である加藤の存在が、想像以上に認知されていた事を。

翌日以降、異例とも思われる加藤引き戻し活動がはじまった。 営業部長はもちろんの事、今では特に利害関係のない大森をはじめ、支社長……そして本社の人間まで。

加藤が、何ごともストレスなく戻って来れる環境を、という事で、異例中の異例とも思われる人事異動すら行われた。調査の結果、城山支部長がしでかした事が発覚、大きな原因になっているであろう事より、城山を左遷するという離れ業まで。

給与面でも、異例ともいえる高額レートを用意する事になっていた。 (引き抜きの際に使われるレート)
加藤が望むならば、他の営業所へ移ってもらっても全然構わない、出社すら自由で構わないと。 いち営業職員の為、ここまでの待遇を用意するのは異例中の異例であろう。

が、どれだけ探しても加藤の行方は掴めなかった。

実家はもぬけの殻、電話は常に留守電。 毎回電話をかけては留守電にいれ、訪問しては手紙を置いて来るという事を繰り返すだけで、何一つ行方の手がかりすら掴めなかった。

「ふぅ……今日も留守……か……」

1人の男が加藤の家を訪問し、帰っていく所であった。この男は既に加藤家を10回は訪問していた。電話をした事は数知れず。自分以外にも、この男の持つ人脈を遣っての大捜索を行っていた。

この男の名は──勝野である。
人それぞれ感じ方は違うであろうが、恐らく勝野が一番加藤の突然の退社に驚きショックを受けていた事であろう。

「なんで……俺に一言相談してくれなかった……んだよ。会社辞めようが、何しようが俺は気にしなかったのに。一言相談してくれていれば……」

空が夕闇に暮れていく中、ポツリと誰に話し掛ける訳でもなくつぶやく勝野であった。

加藤の行方は誰も知らない。
加藤の気持ちは誰にも分からない。
加藤のこれからは誰にも分からない。

群集の中にいた1人の若者は、広い荒野へと消えていった。 広い世界において、この物語を知る人物はごく一部であり、世間に与えた影響は計り無く少ない。

そんな、ミクロな世界の1人の若者の営業物語がここに完結した。

(最終章完)

スポンサーリンク

あとがき?

最後はどないしようかと思いましたが、限り無く「聞きづてで聞いた事を参考にした」架空の話で締めてみました。

最後数話はまるで連載終了が決定した漫画家の様にかなり時間を飛ばしました。もうちょい9月から3月までの最後の半年を細かく書いても良かったのですが、かなり営業からかけ離れる内容も多々あるので、営業のみに絞って書いたらこんな風になっちゃいました。

ただ・・・改めて読み直すと、風呂敷広げるだけ広げて全然畳んでない話も多いよな、、と。最低でも、小橋・九重あたりのラストは入れるべきだよなぁ、と。(ただ、一応理由がありまして、九重に関しては営業からかけ離れる点、小橋に関しては新たに登場人物を数名プラスオンしなくてはならず、かつそれらにまつわる話を書いたら異様に長くなりそうだったので、思い切って略してみました。まぁ、最後の210日間とでもしてまた外伝で書くかもですがね)

まぁ、、所々自分自身すら「これ、やり過ぎじゃね?」と思う部分もありますが、大体がリアルです。さらに一つの自分にとって重要な事柄をモロ省いて書いているので、それを加えたらさらに「これ、創作でもやり過ぎだよ」となってしまうでしょう。えぇ、そこそこ濃い経験しましたぜ、保険屋時代の4年間で。

どこぞかに書きましたが、時間がある時に「完全ノンフィクション」で書いてみるのも一興かな~と。(創作抜きなので、恐らく全く違う印象の作品になるでしょう)

書き足しについて……敢えて黒歴史を色々公開したのは……まぁ、いずれ分かるでしょう。この黒歴史を書いておかないと、今からやろうと思っている事、公開していく内容は確実に???となる人、続出でしょうから。。

……という意味深な事はおいといて……実は物語は題名を変えて続きます。

「退職後の軌跡~業界の風雲児と呼ばれて~」

ある意味、営業4年間より波乱万丈で面白い……かな?

「HPを主としたFP活動、完全に退路を断たれた結果よりそれをやるしか生きる術がなくなった」

保険クリニック裏病棟が出来るまでの話、そして出来てある程度知名度が上がってからの話は、業界の闇を、怖さを、汚さを知る事になるでしょう。

かな~りどよよーんとした内容も多々出てくるが為、引っ張られやすい人は読まない方がいいかも、です。

……と予告を書いておきながら、最終話の続きを1話だけ挟みます。すいません。

前の話 目次  次の話 

コメント

タイトルとURLをコピーしました