第21話:2人だけの忘年会、そして……
時は12月最終日の夕方。いつも疎らな営業所内は珍しく殆どの人が揃っていた。これから職員同士で集まって忘年会が行われる「らしい」事が原因である。ここで「らしい」という表現を用いたのは、その事は加藤に当然の様に伝えられていなかったからである。
皆、和気藹々と世間話をしている。なんてことはない、単なる世間話をグダグダ喋っているだけに過ぎないが、その様子が非常に楽しそうにみえるのは、ぼっちの経験者ならば容易に理解できるであろう。そして、その場にいるのが非常に苦痛に感じ、一刻も早くその場から去りたいという気持ちも。
何とも言えない気持ちに苛まれながら、加藤は逃げる様に営業所を出て行こうとする。
「あれ? 加藤、お前、みんなと忘年会行かないのか?」
そう声をかけてきたのは、城山支部長である。何かと目をかけてくれていい人には違いないが、どうやら人の繋がりをみるのは苦手な様子である。加藤は、少し引きつった笑顔を浮かべ「今日、これから予定がありますので」と言うのが精一杯だった。
「お先に失礼します……」
帰り際、営業所の中に向かって声をかける。一瞬、静寂が営業所内を包み込むが、すぐに何事もなかったかの様に会話の雑音が営業所を覆い尽くす。そして、誰からの挨拶もないまま、加藤は営業所を後にした。
加藤は孤独だった。
2人だけの忘年会
(……今日はこのまま帰るのはちょっとキツいな。忘年会で遅くなるって言ってきてるし……どこかでジンライムでも数杯飲んで時間潰して帰るか……)
このような事を考えながら、会社のビルを出ようとすると、1人の人物がビルの外で佇んでいた。田中である。
「み、美幸さん……な、なんでここに?」
「ん? たくみ君を待ってたに決まってるじゃん。何言ってるの?」
「い、いや……今日は忘年会で遅くなるかもって……言った……じゃん」
「うん、聞いたよ。それって、私と忘年会するっていう意味でしょ? だから、美子達には今日遅くなるって言ってきてるから」
「い、いや……会社の忘年会って──」
「そういう事にしておこ、ね♪」
「……そだね。じゃ、行こっか。今日はパーッとやろっか、パーッと。よく考えたら、外で飲むのは久しぶりだな〜」
「♪」
孤独で押しつぶされそうな加藤を救ってくれたのは……田中だった。
これから、忘れる事のできない長い2人だけの忘年会が始まる。
黒歴史
「へぇ、初めて入ったけど、なんかいい雰囲気の店じゃん」
「www とりあえず手始めにワイン飲もっか。はい、カンパーイ♪」
「……ふぅ、空きっ腹にワインは効くな〜。何か一気に身体に沁み渡ったよ」
「www 今日はレモンの輪切り、頼まないの?」
「──え?」
「言ってたじゃん。レモンの輪切りをツマミにいくらでも俺は飲めるんだ〜って。俺はどこでもレモンを輪切りを頼む、それが俺のポリシーだって」
「い、いや……確かにレモンの輪切りは好きでよく頼むけど……な、何で美幸さん知ってるの? 冷静に考えたら、美幸さんと飲むのって初め……て……あれ? デジャヴ? 何か以前、美幸さんと飲んだ様な……しかも、ここ……で?」
「www そうだよ〜。ここで私を思いっきり口説いてたじゃん」
「いや! そんな事はなかった……筈……あれ? もしかして……新人で誘った時の夜……だったりして?」
「www そうだよ〜。ようやく思い出した? いきなり電話してきてここで飲んだじゃない。何で誘ったか聞いたら自分でも分からない、気がついたら誘ってたって」
「……な、何かベロンベロンに酔っ払って、そこからカラオケいって……帰り際に何かとんでもない事言った様な……」
「同棲している彼氏がいるって言ったのに、俺は待つ! とか言ってたよねw」
「……な、何かホントに言った様な……な、何でそんな事言ったんだろ……」
「ん? 言ってたじゃん。一目惚れって。深酔いしている今日の事は忘れても、私を好きという気持ちは一生覚えてるって」
「──?!」
「何年後かわからないけど、一緒になったらもう一度ここで同じワインで乾杯しようって指切りしてたじゃない」
「そんな臭い事、言った……っけ?」
「ま、半分は今私が即興で作ったセリフだけどねw」
「……俺の記憶、改ざんしないでよ! どこまで俺が言った事なの?」
「www 内緒♪」
未知なる時間
「──ふぅ、カラオケも行ったし、これで当時のトレース完了かな? じゃ、帰ろっか」
「ん? どうやって?」
「いや、家まで車で──」
「そんなに酔っ払って? ダメに決まってるじゃん」
「じゃ、電車で──」
「もう終電ないじゃん」
「あ……なら、タクシーで──」
「お金勿体無いじゃん。ここからだと凄い値段になりそうだし」
「じゃ、どうする? どこかで飲み直す?」
「そだね。……ホテルでゆっくり飲み明かそっか。……ね♡」
「──え?」
初夜
──ホテルでワインを1本程空けた後
「──たくみ君、大変だったね。……お疲れ様」
「ん? 何が?」
「会社。……ずっと1人で……辛い思い、してきたでしょ?」
「あ、い、いや……それなりに楽しくやってる──」
「私には嘘つかなくてもいいから。……無理しなくていいから。辛かったら辛いって言わなきゃ。……全て吐き出して……ね」
「……」
「……いいよ。……おいで……思いっきり抱きしめてあげるから……」
「……ぅぅぅ────ッ」
「……どうした~、たくみ君~、そんなに泣いちゃって~」
「俺……ずっと1人で……誰にも相手されずに────ッ」
「……そっか……」
「慕ってた先輩にも……ぅわぁぁぁ────ッ」
「……そっか……」
「寂しさ紛らわす為に……飛び込みして……いつか前みたいに戻れたらって────ッ」
「……うん……」
「俺は……欠陥人間だから……みんなに嫌われて────ッ」
「……そんな事、ないから……」
「ぅわぁぁぁ────ッ」
「……少なくとも私は……幸せになったから……助けてくれたじゃない、救ってくれたじゃない……」
「────ッ」
「他の人がどれだけたくみ君を嫌っても……私にとってはかけがえのない人だから……運命の人だから……」
「────ッ」
「例えたくみ君が間違ってても……非難されても……私だけはずっと味方だから。……助けてあげるから……」
「────ッ」
「私と一緒に……生きよ? どうしても辛かったら……一緒に死んであげるから」
「……バカ! 嘘でもそんな事言っちゃ……美子ちゃん達──」
「嘘じゃないよ……望むなら、今からでもいいよ……私の命はたくみ君の為に使うって……決めてるから」
「……バカ! バカ!────ッ」
「……今は……せめて気持ちよくなろ? その間は痛み、忘れるから……私で気持ち良くなって……滅茶苦茶にしていいから」
「────ッ」
「……怖がらなくていいから……何も考えないでいいから……そのまま快楽に身を任せて……私の中に──」
「────ッ」
「んっ……そ、そう……その……調子……そのまま逝っちゃっても……いいから。何度でも……いいから」
「────ッ」
「イッ……このまま一緒に……愛してる、たくみ……く……ん!」
──3時間後
「……ご、ごめん……美幸さん。お、俺は……何て事を……」
「……言葉、間違えてるよ。こういう時は、”ごめん”じゃなくって”ありがと”って言わなきゃ」
「あ……そ、そっか……あ、ありがと……美幸さん」
「どう致しまして。……どう? 少しは気が紛れた?」
「あ、あぁ……そりゃ、ね。……た、ただ……美幸さんの事も考えずに……」
「ん? 私は同棲1日目から覚悟してたから。っていうか、いいよって言ったでしょ? ……遅いくらいだよ。……ようやくだよ、ホント」
「い、いや……今日は……まるで犯すかの様に一方的で……しかも中で何回も……」
「www こんな状況にならなければ、私に手を出さなかったでしょ?」
「そ、そりゃ……ね。けど……正直、今までかなり……凄い我慢してたよ。……今の関係、壊れるの、怖かったし」
「www 普通、一緒の布団で抱き合って寝てたらするって! 2カ月も何もしない方が逆に失礼だって! 私、魅力ないのかな~って自信なくしかけてたよ」
「ご、ごめん……こういう事はホント疎くって……」
「www 悪いと思うなら、2つだけ私の言う事、聞いてよ」
「……俺に出来る事なら……何?」
「さん付けは今後禁止! 呼び捨てにして」
「──え?」
「私の事、今後”美幸”って呼ぶ事! はい、早速言ってみて!」
「美幸さ……み、美幸///」
「よく出来ました。──次、毎日寝る前に、私の事、好きって言う事」
「──え?」
「気持ちこもってなくていいから。はい、言ってみて!」
「えっと……好き……だよ……でいい?」
「名前と一緒に! はい、もう一度!」
「み、美幸……好き……だよ///」
「ちょっとぎこちないけど、ま、いいでしょう。毎日の日課ね、分かった?」
「は、はい……」
「一緒に……生きようね」
「うん……あ、ありがと」
「さて、と……一方的にたくみ君に犯された仕返しに、今度は私が犯そうかな~。全て忘れさせて、私の虜にしてあげる♡」
「──え? ぅ、ぅわぁぁぁ────」
──夜明け頃
「結果的に良かったじゃん、会社で孤立して」
「──え?」
「孤立したからこそ、色々飛躍できたんでしょ?」
「な、なるほど……そうとも言えるのか……」
「私は……その先輩に感謝しなくっちゃ」
「──は?」
「だって、その先輩がマルチ始めてたくみ君が孤立したから、結果的に紆余曲折あってこうなったんだから」
「ま、まぁ確かに……」
「そもそも、その事がなかったら、私、喫茶店でバイトしてないし、たくみ君と付き合う事もなければ一緒に住む事だってなかった筈だから」
「言われてみれば……そうなるのか」
「ね? 私は感謝しなくちゃいけないでしょ? だから、たくみ君の孤独も辛さも、私も一緒に感じなくちゃね」
「な、何か強引な気するけど……一理あるの……かな? 何にせよ、ちょっとラクになった気がするよ、ありがと、美幸」
「♪ じゃ、そろそろ寝よっか。おやすみ、たくみ君」
「あ、おやすみ、美幸」
「日課、忘れてる!」
「あ……おやすみ、好きだよ、美幸」
「……もう1回♪」
「好きだよ、美幸」
「もう1回♪」
「好きだよ、美幸」
「──♡」
呪文の様に唱えさせられる好きという言葉は、10を数える頃には真実へと変わっていた。いや、それ以前から既にそうだったかもしれない。壊れそうな心を力技で救ってくれたこの人と共に生きていく事を決めた、暮れも押し詰まった12月の底冷えする早朝だった。
挿話
「な、何だ……これは……」
前回とは違う意味でこう感じる人、多いでしょう。えぇ、自分でも一体俺は何を書いているんだ……と。
微妙に改編していますが、ま……リアルです。
流石にこの話は略そうとも考えましたが、次回の話が今回の話がないと、意味不明になっちゃうな〜っと。
「い、いや……人の色恋ネタなんて……もうお腹いっぱいだよ……」
そう言われる方が多数いそうですが、後数話、耐えてみて下さい。……キレーに繋がっていきますので。
とりあえず予告を書いておきますと、基本この第三部に関しては「悲劇」です。この外伝と称した書き足しも例外ではありません。
コメント