保険に入っていなかったら?
時は重大月。例のごとく異様なまでの数字を取らないといけない…といわれている月。加藤は……自問自答していた。
(俺は一体何をやっているのだろうか……)
加藤は重要月の最中、本来ならば営業で走っていなければならない時期に、市役所の相談室へ来ていた。当然、保険を提示に来たという訳でもなく、いち市民として、相談室へ……自分の事ではない事で足を運んでいたのである。
遡る事、10日程前。とある見込み客と面談約束をしていた際、すっぽかされた。
(おいおい……これで何回目のすっぽかしになるんだ? あのバカ女が!)
その見込みの方、田中という。思い返せばこの方……1年程の付き合いになる、加藤と同じ年の方である。過去、1度「新人候補」として会社の説明会にまで参加した事がある数少ない人である。
腐れ縁とでもいうべきだろうか、月に1度のなじみ活動という事で、長い間「見込み」のまま、続いていて今回ようやく個人年金ではあるが検討をするとの事で面談に漕ぎ着けたのではあるが……
面談をすっぽかされた加藤は仕方なく、帰社しようと歩き出した。その数分後、加藤の携帯電話がなった。田中である。
「もしもし……加藤……君?」
「今日約束してたじゃん……」
少々苛立ちながら電話に応対する。が、次に出て来た言葉は意外なものであった。
「ごめんね……実家のお母さんが倒れてしまって今病院なの……」
「──?! そうだったんだ……」
「ごめん、また連絡するね」
「どうなったか、教えてね」
それから1週間、田中からの連絡はなかった。
(おいおい……連絡くらいしてくれてもいいだろ……心配しているんだからさぁ……)
痺れを切らした加藤は、半ば怒り気味に電話をかけた。……10回程鳴らしたが、応答なし。11回目、切ろうとした直後、電話に出た。
「あ、加藤君……ごめんね、連絡出来なくて……」
「で、お母さんはどうなったの?」(怒り口調で)
「……病院に運ばれた日に結局死んじゃって、葬式もう終わった所……」
「──?!」
「私……どうしよう……妹達の面倒……見ていけるのかなぁ……」
「……今どこにいる? とにかく詳しく話を聞こうか」
もういち見込み客という会話からはかけ離れていたが、1人の人間として何かしてあげないといけない、と何故か思い、つい口走ってしまったが、加藤はこの時は当然気付いていない。
1時間後、とある喫茶店にて面談。
「あ、加藤君……」
「取りあえず、大変だったね……」
「こんな事があったから……彼とも別れてしまって……」
「──?! そ、それは……」
「あ~、もうどうしよう……!」
「……俺が、どうにかするよ」
「──え?」
「……取りあえず、俺に出来る事があったら色々動くから……」
「……お願いね……」
と、このような流れより……役所関係に母子手当て……ではない、両親がなくなった際に関する何かの制度がないか、聞いてみる事になった。以下、箇条書きて詳細を。
<家族構成>
親戚・旦那はいない。
母:52歳(生活保護受けている)
長女:23歳(社員:13万程度手取り(これが田中))
次女:15歳(中3)
三女:14歳(中2)
長男:10歳(ダウン症精神病院)
—————————
長女は家を出ていて、ここの家庭は母と子3人で生活していた。ちなみに母は国民年金も健康保険も払っていない状態。23歳にて妹達計4人を面倒みなくてはならないという状況……さすがに「これは悲惨なケースだなぁ……保険入ってないと……こういう自体もあるんだなぁ」と。
藁をも縋る思いで、役所で色々状況を話して相談した所、分かった事は以下の通り。
- 児童扶養手当(遺族年金が貰えないケースに支払われる)
41,390円+5,000円+5000円+,3000円=54,390円 - 特別児童扶養手当(身体障害者を養育している人に支払われる)
50,350円 - 遺児手当(18歳未満の児童を養育している人に支払われる)
年54,000円→月4,500円 - 申請により、水道・電気・ガス代が無料
- 申請により、各学費が無料
- 申請により、各交通費が無料
- 申請により、各医療費・健康保険代が無料
- 申請により、各税金が減額
- 申請により、公立高校への推薦で入学OK
(普通ならまず入れない成績でも、家庭の事情によりかなり優遇)
合計:113,740円
これに長女の収入をあわせると……
まだ何かあったような気がするが、ざっとこれだけの「国や県・市の援助」があると聞き、加藤は驚いた。
結果的に「母親の生前より豊かな生活が送れるようになった」という、非常に皮肉な結果に。その事を田中に伝えるが為、早速田中の家へ。
「あ、丁度良かった。私、実家の方に引越す事にしたの。丁度荷物を運び出そうとしている所だったから、手伝ってよ」
「あ……いいよ」
全くもって加藤は何をやっているのだろうと思いつつ、引受けてしまった。 引っ越しの手伝いが終了、調査結果を伝え、田中の何とも言えない安堵の表情を見た時、動いて良かったな、と思わずにはいられなかった。
その後、様々な手続きの際に車を出す等の手伝いまでして、全ての手続きを終え、一段落ついた段階で、田中が一言、ボソっといった。
「……日本っていい国だね。何とかなる……もんだね。知らないって……恐いね」
この言葉、そして今回の出来事は今後の加藤の人生を大きく変える事になるとは当然、まだ気付く事はなかった。
「今回は、本当にアリガトね、加藤君♪」
この一言の為、動いていたのだなぁ、と加藤は満足していた。
……当然、会社はそのような事情等認めてくれる筈もなく、営業部長等よりキツく叱られる事になるのはいうまでもない。……重要月の間、殆ど仕事らしい仕事はせずに、いわば「ボランティア」活動をしていただけだったので……
加藤は今はまだ気付かないが、次の事を段々と意識していくようになる。
──保険とは本当に人を助ける事となるのであろうか、少なくとも日本において。
決定的な疑問として浮上してくるのは、まだ先の話となる。
この出来事から、加藤の怒濤の営業物語は佳境へと向かう事となる。
挿話
ここらへんから、怒とうのように重なる出来事が。今回、次回、次次回の物語は…1ヶ月という期間内で全て起きた事だったりします。
「保険って絶対に必要なものなのか?」
この講座の元の出来事ですね、これ。
コメント
[…] 前の話 目次 次の話 […]