第12話 先生
意外な事に、加藤は入社から約2年弱、昼過ぎまで営業所にいた事は一度もなかった。常に飛び込みで朝礼が終わると同時に地区へ行っていたが為である。
殆ど見渡した事のない営業所を改めてみると、知らない人の名が増えていた。入社後暫くはなるべく営業所の人の名は覚えておく努力はしたものの、入れ代わりが非常に早く、1ヶ月で辞めていく人も少なからずいたが為、いつしか誰が入って来て誰が辞めていったのか、という関心は持たないようにしていた。
どれくらい久しぶりだろうか、ふと知らない人達の人数を数えてみて加藤は驚いた。
「こんにちは~、弁当で~す」
「手作りのパンどうですか~」
「サンドイッチいかがですか~」
「ヤクルトで~す」
etc…
意外な程、営業所に来る業者さんが多いのに驚いたが、もっと驚いたのが昼にも関わらず案外多くの営業職員が残っていた事である。確かにこれだけ業者が来るという事は、それだけ需要があるという事か、と加藤はやけに納得していた。
業者さんの1つより弁当を買い、食べている所でふと背後に人の気配を感じた。
「あ、今日はちょっと整理しようかと思って1日整理の日にしようと思ったんです」
「あら、そうなの、エラいわねぇ」
どうして山田さんが営業所にいるかは不明だったが、どうやら暇らしく、延々と話かけられる。1時間くらい、雑談に付き合わされた後、このままじゃラチあかないと判断、設計書をうつから、と席を離れようとした時、「あ、そうだ。ちょっと保険の事、教えてよ」
「い、いや……逆に俺が聞きたいくらいですよ、何言ってるんですか」
「いや、ね。私あまり保険の事知らないのよ、例えば────」
「この保険ってあるじゃない。(定期付終身の事)これって、どこが掛捨て部分でどこが貯蓄の部分なの?」
思わず、椅子から落ちそうになる。「いや……主契約が終身となりますので他の特約は全て掛捨てですよ。この場合は100万の終身部分の○○円が貯蓄部分で、残りは掛捨てですね」
「え~? じゃぁ、保険料の殆どが掛捨てじゃない。で、払込みが終わった後貰えるのは100万って事?」
「い、いや……ここに解約金ってありますよね。これが仮にこの年齢で解約した場合に得られるお金です。配当が出た場合はもう少しあるでしょうけどね」
「へぇ~~~。じゃ、この更新ってどういう意味なの?」
「……これは、15年目までの特約部分の保険料で、15年後はその時の年齢による保険料となるんです。だから、ここに更新後の保険料とありますよね? 仮に15年後も同じ内容で継続する場合には、これだけの保険料になりますよ、という意味です」
「へぇ~~~。じゃ、この間に何もなかったらかなり損じゃん」
「い、いや……必要保障額とか算出して適切な金額は人それぞれ違うので……自動車保険だって掛捨てですけど、それって損とか思います?」
「あ、自動車保険は必要だと思うよ? 事故したら恐いし~」
「生命保険も同じです。万が一の時、遺族の人が困らないように、と納得して入ってもらう場合において、ちゃんとお客さんが理解している場合には決して損という訳ではないですよ。それに人によっては終身のみの保険とか好む人もいる訳ですし」
「え? 終身だけなんて商品あるの? どういうの??」
「あ、こういうのです。(と、手持ちの設計書を見せる)で、この場合ですと、払込み額がこれだけで、払込み終了時はこれだけの解約金の貯まり出来るんですね。人によっては案外終身を望まれる人もいますので、お客さんの説明用にサンプルはいつも持ってるんです」
「あ、これいいなぁ。よし、じゃこれ私入ろ♪」
まるで全く保険の事を知らないお客さんに説明しているようであり、反応もお客さんのそれと同様、加藤はポカ~ンとしていた。「加藤君、詳しいねぇ。そりゃ保険たくさん取れるわ」
「って……山田さん、どうやって保険取ってるんです?」
「ん? 私? モデルパターンという設計書を作って、お客さんにお願いするの♪」
「そ、それで取れるんです?」
「取れてたから、5年やってるのよ。ただ、ちょっとは保険の事知っておいた方がいいかな~と最近思っててね」
「お客さんから質問とか受けないんです?」
「あぁ、殆どないわよ。こ難しい事嫌いな人も多いみたいだし、いい保険だから~といえば皆納得してたわよ」
「ただ、加藤君の話は分かりやすいから、みんなに教えておくね。みんな、勉強しなくちゃとは思ってるみたいだけど、中々恥ずかしくてね。新人さんなんか、研修で覚えたばかりだから詳しいと思うからうってつけなんだろうけど、さすがに新人さんに聞いたらびっくりするんじゃない?」
「ま、まぁ……確かに」
「それに、成績出てない子に聞くのもなんかシャクだし。ホントは前から加藤君に聞こう聞こうとは思ってたんだけど、中々加藤君営業所にいないじゃない。だからこれからも教えてね♪ そうだ、加藤君、地区回りでしょ? だったら、お礼にこのテレビジョンあげるよ。いつも余っちゃって捨てちゃうから、使ってよ。あ、今度は明後日か明々後日、どっちがいい?」
「──え? まぁ明々後日のがヒマだとは思いますが──」
「じゃ決定! 明々後日、13時に営業所ね。今度はみんな連れてくるからヨロシクね♪」
「え? え??」
ただただ呆然とする加藤であった。
──その後、何人かの先輩達に「先生」と呼ばれるようになった。
(注釈)
生保職員のレベルが低い、世間でよく言われている事ではあるが、今回の話は少々大袈裟ながらもありのまま書いたものである。
が、勘違いしてはいけない点として、知識を得ようとする気がないのではなく、知識を得るきっかけがなく、教育環境が乏しいという原因が大きいのではないかと筆者は思っている。
それ程までにノルマを課し、教育は二の次としているのは今も昔も差程変わりのない所であり、むしろ教育しない事を目指しているのでは、と。(FP知識は下手すると営業のさまたげにもなり得るので。知っていたら提示出来ない保障額等、存在する)
ガチガチの知識研修とまではいかなくとも、いわば「え???」と驚く程の知識しか持ち合わせていない営業職員が存在し、その職員達の多くはは知識を得る「きっかけ」を望んでいるという事、頭の片隅にいれておいて頂ければ幸いである。
挿話
作り話のように見えるかもしれませんが…実話です。だから、今の保険診断なんて商売が成り立つという事なのですが。。
ちなみにさらに補足しておきますと、現在の保険診断のコンサルレベルの1/5程(もっとかな?)のレベルであった筈です。えぇ、当時はソニーさんやら外資とのバッティングを非常に恐れてましたから。(バッティングは結局殆どなかったんですがね)
自分のHPは…「生保レディ虐待HP」なんて称される事もありますが、中にいる人達の半数はある意味「被害者」でしょう。実際、勉強する気がある人も多いですし、人柄はホントいい人も多いですから。
ただ…教育しない~というのも「売り上げ」という点から考えると会社としてはアリなんでしょうね。勉強すればする程、死亡保障額は低くなるケース、多いですから。。
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