#15 遺産なんて……
──8月下旬 ~寝室~
「お兄ちゃん……座ったまま寝たら身体に悪いよ。寝るんだったらちゃんと横にならなきゃ」
「……zzz」
「あ~あ~、パソコン画面開きながら寝ちゃって……堕ちるまで仕事し続けなくてもいいのに……一体何日徹夜してたのよ」
「……zzz」
「ほら……そのまま横になって。膝枕してあげるから。後、お布団かけてあげるね。お腹冷やしちゃダメだからね。風邪ひいちゃうよ、いくら夏でも」
「……zzz」
「今までお仕事、お疲れ様。明日から暫く仕事、休むんだってね。パートナーの人にお願いしてたもんね」
「……zzz」
「いつでも戻ってきて下さい、それまで責任持ってたくみさんの分の仕事、遂行致しますって……言ってくれてたじゃん。安心してゆっくり休んでまた復活すればいいよ。何も全て引き継いで辞める必要なんてないよ」
「……zzz」
「お兄ちゃんが掛けてる保険金の受取人、私と幸子なんだってね。海外なら血縁関係がなくても保険金受取指定できるっていう理由で……海外FPやってたんだね。お姉ちゃんがハリウッド女優になりたいからその流れでって言ってたのは嘘だったんだね」
「……zzz」
「万が一があっても、一生困らないようにって……お金はどれだけあっても邪魔にならないからって……本当の家族以上に大切な家族だからって……俺にできる事はこれくらいだからって……バカ!」
「……zzz」
「何、もう長くないみたいな事、言ってるのよ。もうやり切ったみたいな事、言ってるのよ。まだ31歳でしょ! 人生まだまだこれからでしょ!」
「……zzz」
「遺言書まで作成して……財産管理の委任契約までして……ホントにバカ!」
「……zzz」
「遺産なんて……いらないよ。貧乏だって……全然構わないよ。介護だって……嫌じゃないよ。お兄ちゃんが生きてさえいてくれたら……何もいらないよ、望まないよ。……死なないでよ、お兄ちゃん」
「……zzz」
「私……もうすぐ結婚するんだよ。子供も産まれるんだよ。お兄ちゃんが望んだ……幸せな人生、歩んでいくんだよ」
「……zzz」
「けど……そこまで幸せに思ってないよ、私。何でか、分かる?」
「……zzz」
「知ってた? 私、今、介護の学校行ってるんだよ。バイトでヘルパーもやってるんだよ。凄いでしょ」
「……zzz」
「何で介護の勉強してるか知ってる? おじいちゃん、おばあちゃんが好きだからとか人の世話するのが好きだからって理由じゃないよ?」
「……zzz」
「お兄ちゃんのお世話をするだけの為……だったりするんだよ。だから、安心して壊れてもいいからね。大丈夫! お兄ちゃん1人くらい養って介護するくらいの器量はあるから、私」
「……zzz」
「迷惑だなんて思わないでね? 私が好きでやりたいからするだけだから。……お兄ちゃんなら分かるでしょ? 私の気持ち」
「……zzz」
「お兄ちゃんさえいれば……どんな形でも私は幸せなんだよ。……お兄ちゃんがいなかったら……私は幸せになれないんだよ」
「……zzz」
「だからお兄ちゃん……いなくならないでよ。生きてよ。近くにいてよ。それ以上は何も望まないから」
「……zzz」
「お兄ちゃん……愛してる」
「……zzz」
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