第24話:悲劇はいつも突然に……
九重との別れは──思いがけない形で突然やってきた。
──2月中旬
「たくみ君……見損なったよ」
「えっと……何が?」
「あの伊織さんを自分の為に売るなんて……人として最低だね」
「い、意味分からん。ど、どういう事?」
「とぼけなくていいから。外資をバックにつける為に支社長を動かすって……そういう事でしょ? 女の最大の武器を使わせて、〇▽X☆※%&──」
その後の会話は……全く頭に入ってこなかった。思考がついてこなかった。感情がついてこなかった。積み重ねられる罵詈雑言の中で、加藤は現実を直視することができなかった。
(何言ってるんだ、コイツ……伊織さんがあの話と引き換えに黒田さんと愛人契約を結んだなんて……ある筈ないじゃないか……何だよ、その写真……またアイコラ作ったのかよ……黒田さんと伊織さんがホテルから腕組みして出てくる写真? キスしてる写真? よくもまぁこんな何枚も……どれだけ暇人なんだよ……)
(おいおい……やけに本格的なドッキリだな……いつ種明かしするんだよ……そんな大泣きして震えるような声で……どれだけ演技派なんだよ! お前、女優になれるんじゃね?)
(痛ッ! まさかの本気のビンタかよ……ちょっとは手加減しろよ……頭がクラクラするじゃないかよ……は? 何だよ、その台詞……鬼……悪魔……疫病神……死神……滅茶苦茶言いやがって……いくら何でも──)
──バタンッ
(……は? そこまでする? 大きなバッグ抱えて……これじゃホントに出ていくみたいじゃないかよ……クソッ……後で帰って来たらとっちめてやる……!)
九重が出ていった後ですら、暫くの間、それがドッキリだと疑わなかった加藤。……それがドッキリではなく、現実の出来事だと認識したのは……街から明かりが消えた真夜中だった。
異様に静かで暗い部屋を見ていると、ふいに畑口の言葉が走馬灯のようによぎった。
『言ったでしょ? 私が協力するって。強力な味方は……もうここにいるじゃない。私なら……不足ないでしょ?』
『……もうこれ以上辛い思いしなくていいからね。私が……たくみちゃんの症状、必ず治してあげるから』
『私が……たくみちゃんがいつも笑顔でいられる様な道を必ず作ってあげるから。……夢を叶えてあげるから……期待して待ってて』
(……まさか……九重の言ってた事は……リアル? 俺の……為……? 何……で?)
現実を漸く認識した加藤に、今度はどことなく罵倒するあの声が聞こえてくる。
──何、幸せになろうとしてるのよ! お姉ちゃんをあんな目にあわせた癖して!
──あなたに幸せになる権利なんかある筈ないじゃない! 死神!
──お姉ちゃんだけで飽き足らず、あの人まで犠牲にしたんだ……疫病神!
(違う……俺、そんなつもりじゃ……違う、違う違う違う! けど……結果的に……また……? 俺が……悪いんだ……俺はやっぱり1人にならなきゃいけなかったんだ……避けなくちゃいけなかったんだ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)
──あの伊織さんを自分の為に売るなんて……人として最低だね
(あすか、俺……とんでもない事しちゃった……これからどう償っていけば──)
──死神は一刻も早くこの世からいなくなってよ。生きてるだけで人が犠牲になるってまだ分からないの?
(いや……俺はまだやらなくちゃいけない事が──)
──たくみ君にできる事はたった一つだけだから。みんな望んでるから。
(な、何……?)
──死~ね、死~ね、死~ね………
(ぁぁぁぁああああああああ!)
どこからともなく聞こえる美子ちゃん、幸子ちゃん、そして九重の幻聴の数々は、やけにリアルで、やけに大きく、耳の奥底で、頭で、心で鳴り響き続けていた。耳を塞いでも布団を被っても……いつまでも、ずっと……
(伊織さん……伊織さん……伊織さん……!)
何とか精神を保つ為、呪文のように畑口の名を心で、リアルで唱え続ける加藤。何回も何十回も何百回も……何千回も。心の中の畑口が消えない様に、ずっと、延々と……
(伊織さん……ごめんなさい……この責任は取るから……一生かけて償うから……)
罪の大きさに潰されそうになり、憔悴しきった加藤が導き出した選択肢は、一つしか残されていなかった。
それが畑口によって用意されていた結末とも知らずに。
本当の悲劇は……これから始まる事をまだこの時、加藤は当然知る由もなかった。
挿話?
異様に更新が遅くなってしまいました。
ま、理由は今回、次回あたりを見たら一目瞭然でしょう。
えぇ、びっくりするくらいの鬱展開ですからね……過去の出来事とはいえ、流石に筆のスピードは遅くなりますよ……
ちなみに、次回は……今回が可愛く思える程のキツさです。
ま、詳しくは次回にでも書きます、はい。
コメント