第21話:one and only?
──最後の夜(12月22日)
「明日、とうとう結婚式か~。お嫁さんにいくのか~。ちょ~っと心配だな~、お前がちゃんと主婦できるか」
「出来るに決まってるでしょ! 私を何だと思ってるのよ!」
「だってね~、半年くらい一緒に住んでたけど、酷かったじゃん。ロクに部屋の掃除はしないわ、洗濯しないわ……料理だって気が付いたら俺が殆どやってたし」
「しょうがないでしょ! 私だって忙しいんだから!」
「毎晩アル中みたいに酒飲んでただけじゃん……私の血はワインでできているとか訳分からん事言って……」
「たくみ君の為にあえてそうしてただけだから! 毎晩私と一緒に飲めるなんて、どれだけ幸運な事か分からないの? お店で同じ事したら月100万じゃ足りないんだからね!」
「……旦那さんと一緒になったら、ちゃんとご飯作ってあげて……深酒はしないようにね」
「言われなくてもそうするわよ!」
「……ちゃんと掃除も、洗濯も……なるべくするようにね」
「するに決まってるでしょ!」
「……本性はなるべく隠して……ずる賢く、したたかに……上手く、ね」
「…………」
「ずっと幸せに……平穏に、ね」
「……うん」
「あすか……ありがと。こんなギリギリまで俺の傍にいてくれて。おかげで……倒れる事なく最後まで会社にいれそうだよ」
「……これから、大丈夫? 1人でやっていける? ご飯、食べれる? お風呂、入れる? 寝れ……る? 壊れ……ない?」
「www 俺、ガキじゃないんだから。どうにかやれるって、多分。今後は身体を酷使する訳じゃないし、大丈夫でしょ……数年くらいは」
「……バカ! 数年って……その後はどうする気なのよ!」
「考えてる筈ないじゃん。彼女の夢叶えて、美子ちゃん達との約束守った後はどうでもいいよ。俺なんかいなくなっても──」
「私が悲しむに決まってるでしょ! いっつも自分の事ばかり……人の気持ちなんて知らないで……バカ!」
「……そんな事言われると、決心が揺らいじゃうだろが……とんでもない事、言いたくなっちゃうだろが……バカ!」
「……言えばいいじゃん。もう今更何を聞いても驚かない自信あるから」
「……やめとくよ。多分、これ言ったら俺が俺でなくなっちゃうし、お前もお前でなくなっちゃうから」
「……後悔しても知らないからね」
「www 多分、死ぬまで後悔するよ」
「だったら──」
「恋愛と結婚は別物……打算が全てでしょ? 将来設計崩しちゃダメだって、お前らしくない。一時の感情に流されて人生台無しにしちゃダメだって」
「…………」
「最初のうちだけだって……暫くしたら子供もできて……子育てに追われて……公園デビューして……あすかに出来るのかな……いや、案外うまくやるか、あすかなら。……俺の事なんか、すっかり忘れちゃうって」
「…………」
「ま……俺は俺で何とかやっていくよ……伊織さんと」
「そ、そっか……やっぱり……お、お似合いだもんね、2人……」
「って、伊織さんの気持ち次第だけどね。……明日、デートの時に話する予定だよ」
「……大丈夫、きっと上手くいくよ。そっか……伊織さんなら……安心だ。……結婚式には絶対呼んでよね。一杯祝福してあげるから」
「……ありがと」
結婚式当日
12月23日、九重は家を出ていった。それを止める権利が加藤にある筈もなく、ありったけの笑顔を作って九重を見送っていた。
──さて……これでうるさいのがいなくなったから、集中してメルマガ書いたり勉強できるな。せいせいするよ、ホント。
最初の2時間は快適そのものだった。誰にも邪魔されず作業する事がこれほどまでに効率的なものなのか、と少し衝撃を受けた程である。が──
「あすか、今日何食べたい? 後15分したらキリになるから、ちょっと待って──って、さっき出ていったじゃん、何やってるんだ、俺……」
思わず普段の癖で話をした自分に対し、一人ツッコミをする加藤。そして、さらに1時間後──
「あすか、ちょっと珈琲入れて貰っていいか──って……俺、学習能力ないのか?」
さらに1時間後──
「あすか、何かおつまみ作ろ──…………」
九重が出ていって4時間後には……加藤の手はすっかり止まり、そして心に一つの感情が生まれていた。この感情を抱いたのはどれくらいぶりであろうか……
「……この家って、こんな広くて静かで……寒かったんだ……知らなかったな……」
思わず独り言を呟く加藤。7月の入院明けから半年弱、気が付いたら家の中は九重で溢れていた。同じく、加藤の中も──そして、いつも九重が座っていた方に向かって心の中で呟いていた。
(今日から……この環境が当たり前になるんだよな。もういない……んだよな。当たり前だよな、そういう約束だし。いつもの様に割り切らないと……心から祝福して、送り出さないと。これ以上ない喜ばしい事なんだから……けど──)
ここで我に返る。その続きを言葉に出してしまったら、押し殺して来た感情が溢れ出して止まらなくなってしまう、弱くなってしまう、決心が揺らいでしまう──必死な思いで自分で自分に言い聞かせる様に、その言葉を飲み込んでいた。
雑念を振り払うかの様に、パソコンの前に座ってメルマガを書こうと試みる。が、全く集中できずに文章を書く事ができない。それならばと、大学受験の勉強を試みるが結果は同じ。ひとつの感情が、加藤を酷く蝕んでいた。
「……早く帰って来いよ。お前がいないと……寂しいだろ……バカ!」
思わずあふれ出てしまった本音。その言葉に「バカって何よ」と背後から九重の声が聞こえた──気がした。
(……俺、かなりヤバイかも。とうとういない筈のあすかの声が聞こえた気がしたよ。……んな事、ある筈ないのに)
「せっかく帰って来てあげたのに……バカ!」
(あ、あれ? 幻聴じゃない……?)
恐る恐る振り返ると……少し膨れっ面した九重が目に飛び込んできた。
「あす……か? なんで……? 結婚式……は……?」
「たくみ君こそ、伊織さんとデートじゃなかったの?」
「お、俺は……ちょっとそういう気分じゃなくなって……ね」
「www 偶然だね、私もそういう気分じゃなくなって……ね」
「お、お前……バカ? どこの世界に気分で結婚式ほったらかして帰ってくるヤツがいるんだよ……これから──」
「私がいないとたくみ君、寂しいかな~って思ってね。ちょ~っと我儘言って結婚──」
九重が全てを言い終わる前に、加藤は九重をありったけの力で強く抱きしめていた。そして──感情に流されるままに……積み重ねられた罪が未来をも変えようとしていた。
何時から罪は積み重なっていったのだろう?
身体を重ねた時?
共寝した時?
親友になった時?
同棲した時?
行動を共にする様になった時?
出会った時?
それとも……?
──得たものも大きかったが、なくしたものも大きかった。
物語は佳境へと突き進んでいく。
ピロートーク
「──は? 結婚式、3月に延期になってたの? 何で教えてくれなかったんだよ!」
「いや~、ちょっとしたドッキリ? それにしても昨日、笑い堪えるの必死だったんだから」
「い、いやいや……やっていいライン超えてるだろ、これ……思わず感情爆発して一線超えちゃったじゃん……俺、取り返しのつかない事しちゃったじゃん……」
「www 別にキスと変わらないから。親友だったらみんな──」
「絶対やってないって! いくらこういう事に疎い俺でも流石に分かるって!」
「たくみ君、旧人類だな~。今の時代は親友同士するの、当たり前だから。セフレって言葉があるくらいだし」
「──?!」
「セフレというのはHする程、仲の良い親しい友達っていう意味でしょ? だから親友と同意語になるじゃん。ま、大親友になる為の儀式みたいなものだよ。恋人以上に親友の方が身体の関係を多く持つのは当たり前の話だしね」
「セ、セフレってそういう意味だったんだ……し、知らなかった……」
「──♪」
「じゃ……伊織さんともした方がいいのかな……」
「──は?」
「伊織さんも親友みたいなものだし……色々よくして貰ってるし……あすかの話だと、そういう事になるよね?」
「あ、い、いや……」
「あ……今までたまにホテル行ってカラオケしてたのはそういう意味だったんだ……セフレになりたかったんだ。……よし、今度俺から伊織さんをホテルに──」
「ダメに決まってるじゃない! ホント、バッカじゃないの?」
「──え? ど、どうして?」
「大親友を言い換えると無二の親友ってなるでしょ! 唯一無二は ”この世でたった一つの存在” という意味じゃん! 2人以上いたらおかしいに決まってるじゃない!」
「そ、そっか……知らなかった……大親友というのは1人限定なんだ……」
「そ、そんなの誰でも知ってる常識だよ! 重婚が法的にダメなのと同じだから!」
「な、なるほど……そっか、伊織さんとはしちゃダメなんだ……」
「……何、残念そうな声出してるのよ! そんなに伊織さんとしたかったの?」
「あ、い、いや……そんな事、ないです。あすかだけで十分です」
「……だったら、証明してみせてよ」
「え? ど、どうやって?」
「……また、しよ♡」
「え? い、いや……やっぱ何かおかしい──」
「ここは元気じゃん────♡」
「ちょ! ちょっと待って────」
クリスマスソングがイルミネーションと共に街中を演出する12月下旬の夕暮れ時、加藤と九重の仲は大親友(?)に昇格していた。
挿話?
正直、この回はホントにボツにしようかと何度思った事か。。。
ここ数回の畑口絡みの話は何だったんだ? と多くの人がツッコミをいれそう。えぇ、創作ならば九重なき後、畑口と~という方が何かとキレイですよね。
が・・・あくまでもノンフィクションですので・・・
そして、この事実を抜くと色々つじつまが合わなくなるので、あえて掲載。
「あ~、はいはい、良かったね。どうぞお幸せに!」
という声が聞こえてきそうですが・・・恐らく次回予定作の退職後の軌跡(別小説予定)でガラリと印象が変わってくるでしょう。
次回・・・さらに???になるかもしれません。
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