たくみの営業暴露日記

たくみの営業暴露日記~最後の210日~ 第22話:12月24日

12月24日たくみの営業暴露日記
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第22話:12月24日

──恋人はサンタクロース~、本当はサンタクロース~♪

「た~く~みちゃん~追い~越し~て~、イエ~イ!」

(……訳分からん替え歌歌ってるんじゃね~よ……この雪女めが!)

 時は12月24日──保険会社で言えば金曜日という事もあり思いっきり締め日、世間一般で言えばクリスマスイブという恋人達にとっての一大イベントの日──加藤は畑口といつもの様にカラオケ……ではなく、白銀に包まれた世界で自然の厳しさと戦っていた。

──! ズザザザー……

 目の前の雪のコブにバランスを崩し、思いっきりこける加藤。畑口は? というと……私は雪山が生まれ故郷です、とでも言わんがばかりの見事なスライドにジャンプを交えながら恐ろしい速度で加藤の視界から消えていく……この光景を見たのは一体何回目だろうか……

(何で俺は……こんな所で雪と戯れているんだ……? 今日、仕事だった……よな?)

 10m、いや5m先さえ見えない程の吹雪によるホワイトアウトに包まれながら、本当に俺は何をやっているんだ、と自問自答を繰り返す加藤であった。

 場面は朝に遡る。

「たくみちゃん、今日はちょっとクリスマス気分を味わおっか」

 朝の朝礼が終わり、軽く資料整理をしていた時にいつもの様に話しかけてきた畑口。この一言から、全ては始まった。

(あ……昨日、約束すっぽかした事、謝らなきゃ。そして、はやく九重の事、伝えなきゃ。……ただ、どこからどう説明すればいいんだろ……昨日の出来事、どう思われるだろ?……軽蔑されるかな……嫌われるかな……これで関係終わっちゃうかな……)

等と他事を考えているうちに、なにやら色々と話をしてくる畑口に意味も分からず生返事で返す加藤。時間にしてどれくらい経ったであろう、気が付いたら2人一緒に営業所を出て、畑口の運転する車の助手席に乗っていた。

(あ、あれ? 何で伊織さんの車に乗ってるんだ? あ、あぁ……どこか買い物いくのね。要するにクリスマス気分というのはそういう事か。何かプレゼント買えって事ね。ま、昨日すっぽかした詫びも兼ねて、たまにはいっか……)

等と考えていると……畑口から「寝てていいよ」という言葉と共にアイマスクを手渡され、少し寝不足だった加藤はその提案に従い、思わず助手席で爆睡してしまった。

──4時間後

「たくみちゃん、着いたよ。そろそろ起きて♪」

「ん、ん~……あすか、後5分だけ……」

「www たくみちゃん、寝ぼけてる?」

「──! その声は、い、伊織さん……ご、ごめんなさい、思わず熟睡しちゃ……て……? あ、あれ? 俺、風邪引いたかな……何か異様に寒気を感じるや……」

「www そりゃ、これだけ吹雪いてたらね」

「あ、あれ? 今日ってそんなに天候急変したんだ……それにしても吹雪って……もしかして雪、積もりますかね?」

「www もう200cmくらい積もってるよ」

「www 伊織さんでもそんな冗談言うんですね。……へぇ、そんなに積もってたらスキーでも出来そうですねw テキトーにスキー板調達してスキーでもします?」

「www もう一式レンタル予約してあるから。ついでにスキーウェアに半日リフト券も既に買ってあるわよ」

「www 準備いいですね。って、どうせだったらホントにスキーやりたかったな~。これぞホントのザ・ホワイトクリスマスみたいな感じでw」

「www でしょ? じゃ、そろそろアイマスクとって行こっか」

「www ですね。では──あ、あれ? こ、ここは……ど……こ?」

「万座温泉スキー場よ」

「え、えっと……ま、万座? 何をしにここに……?」

「スキーしに来たに決まってるでしょ」

「じょ、冗談ですよね? こんな猛吹雪の中、スキーなんて──」

「冗談で万座まで来る筈ないでしょ! ザ・ホワイトクリスマスでしょ! スキーしたかったんでしょ! さ、車降りて。時間勿体ないから行くわよ!」

「ちょ、ちょっと────」

……という訳の分からない流れで、スキーへと連行される加藤であった。

 そして時間は冒頭より少し時間が進む。

 クリスマスと言えば雪、雪といえばスキー、スキーと言えば万座、これが究極のホワイトクリスマスよ! と言い放つ畑口──加藤は改めて畑口に狂気を感じていた。

 イブの日に雪舞う中、殆ど誰もいないゲレンデで2人きりでスキーをする──一見、非常にロマンティックに思う読者の方もきっといるであろう。が、現実はそんな生易しいものではなかった。

 マイナス10度以下という極寒の白銀の世界に加え、これでもか! とばかりに降り注ぐ雪と恐ろしい程の暴風は、クリスマスで浮かれている人達に恨みでもあるかの様に激しさを増し、ロマンティックの欠片すら吹き飛ばしていた。

(クソ、あの雪女め……これの……どこがクリスマス気分だよ! これ……一歩間違えたら死ぬだろ……俺に何の恨みが……ま、まさか……昨日約束ブッチしたのを根に持って……? たったそれだけの事でここまで? し、信じられん……)

 2回目の転倒時に考えていたのがこれ。

(クソ……あの雪女……覚えてろよ……生きて下界に戻れた暁には……絶対ぎゃふんと言わせてやる……!)

 7回目の転倒時の考えがこれ。

(さ、寒い……というか痛い……こ、これ……早く下に滑っていかないと、手遅れになるんじゃ……? ……死?)

 10回目の転倒時の考えがこれ。

(伊織さん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……し、死ぬ……)

 そして、転倒回数が15回を超える頃には、加藤の怒りはすっかり萎え、凍える様な吹雪に包まれながら心の中で畑口に何度も謝罪を繰り返していた。

 その後、やっとの思いでゴール地点に辿り着き、畑口と合流した際の「ちょっとは頭冷えた?」という言葉を聞いた時──加藤は「世の中には絶対怒らせてはいけない人がいる」という事を身に沁みて知った。

──万座温泉

「し……死ぬかと思った……い、生きてるって素晴らしい……」

「www たくみちゃん、大げさだって。この程度で死ぬ訳ないじゃん。ちょ~っとだけ吹雪が激しいだけだし。イブで殆ど貸切のパウダースノーなんて奇跡だから。やっぱり来て大正解だったわ~。ホワイトクリスマスも十分満喫できたし」

「……そんな生易しいものじゃなかったですけどね。ホワイトアウトなんて初めて経験しましたよ……」

「wwwwww」

「……漸く頭が働く様になったんですが……素朴な疑問、というかツッコミ、いいですか?」

「ん? 何?」

「締め日に何、300㎞以上離れた万座なんて来てるんですか! サボりにも限度ってものがあるでしょ!」

「あぁ、その事? 大丈夫だよ、午後から半休申請しておいたから。たくみちゃんの分も申請しておいたから、安心して」

「ま、まぁそれならそれでいいですけど……何で行先最初に教えてくれなかったんですか! 寝起き30分でリフトの上に乗せられた時、ヤクザの事務所に乗り込んだ時より恐怖を感じましたよ!」

「特に意味はないけど……強いて言うなら、たくみちゃんの驚いた顔が見たかったから……かな? 後は……昨日私との約束をすっぽかしたちょっとした……仕返し?」

「ま、まぁそれは改めて後で土下座でもして全力で謝るとして……何、当たり前の様に隣で喋ってるんですか! ここ、男湯じゃないですか! いくら人がいないからって男風呂に堂々と入ってきて、伊織さんには恥辱心というものがないんですか!」

「何言ってるの? 万座の石庭露天風呂って言ったら混浴で有名でしょ? 日本人なら誰でも知ってるわよ」

「ま、まぁそれならいいですけど……」

「後は何かある?」

「いや、もうないですけど……今18時くらいでしたっけ。じゃ、家に帰るのは急いでも22時過ぎか……うぅ、約束の時間にかなり遅れるな~……怒られるな~……」

「何言ってるの? 今日は泊まりに決まってるじゃない」

「──は? な、何を……言っ……て?」

「冬の万座に午後から来て、日帰りできる筈ないじゃない。常識だよ、そんな事」

「な、何て事を……ど、どうしよう……」

「そのお友達には悪いけど、テキトーに仕事入ったって言っておけばいいでしょ? どのみち、物理的に帰れないんだから。それに、クリスマスイブに私と一緒にいられるなんてそれ以上の幸福な事ないでしょ? もう九重ちゃんいないんだし」

「……実はまだいるんですけどね……結婚式延期になったからって……」

「──な?」

「それだけじゃなく、流れで深い関係になっていたりして……」

「ま、まさか約束していた相手って……」

「……うぅぅ、俺、どうしたらいいですかね。……恐らくですけど、この状況、かなりヤバくないですかね……」

「……はっきり言って最悪だね。……将棋の世界で言う必至だね」

「そ、そんな事言わないで……伊織さん、何か妙手考えて下さいよ」

「私が……たくみちゃんに伝えられる言葉は、ただ一つよ」

「な、何です?」

「……ドンマイ♡」

「うぅぅ、何のアドバイスにもなってない……」

「これくらいの事で破局する様じゃ、どのみち長持ちしないから」

「うぅぅ、それ、九重がよく言ってた台詞だよ……」

「大丈夫! 並大抵の子だったら絶対詰みだけど、九重ちゃんなら案外気にしないかもしれないから! 単に恋人達の間で一番重要なイブの日に約束すっぽかして他の子と泊りでスキー旅行行っただけじゃん! ……私だったらそんなクズ男、絶対許さないけどね」

「うぅぅ、何の慰めにもなってない……傷口に塩塗ってるし……それにしても事実を羅列されると……やっぱり俺はクズ男になるのか……誠実さが売りだったのに……」

「何言ってるの? この半年だけでも一体何人の女を泣かせてきたのよ。たくみちゃん程のクズ男なんてそうそうお目にかかれないわよ」

「うぅぅ……何て酷い……」

「何言ってるの? ここまでクズ男なんて世の中探してもそんなにいないんだから、ある意味誇りに思うべきだって! どうせならクズ男を極めてキングオブクズを目指さなきゃ!」

「うぅぅ、相変わらず意味が分かんない……」

「大丈夫! 私がたくみちゃんを誰にも負けないクス男にしてあげるから! 大船に乗ったつもりでついてきて! さて、そろそろ出るわよ! 今日はこれからまだ長いんだからね!」

「…………」

──部屋で

「……ぅお! 伊織さん、目の前の道路で玉突き事故ですよ! ぅわ~、また……これは酷い……事故った人達、クリスマス気分台無しでしょうね笑」

「……たくみちゃん、意外な程ケロっとしてるわね……」

「ん? そうです? ま、落ち込んだところで結果は変わらんですしね。だったら今を楽しんだ方がよっぽどか有意義ですし。……ま、昨日は幻の出来事だったと割り切りますよ」

「……どうして責めないの?」

「──え?」

「だって、私がたくみちゃんをここまで連れてこなければ──」

「何とか言いながら、伊織さんなりに俺を慰めてくれようとしてここに連れてきてくれたんですよね。感謝こそすれ、責める事なんかする筈ないですよ。……前もって伝えなかった俺が悪いだけで伊織さんは何も悪くないですから」

「たくみちゃん……バカだね……そんなんじゃ、ホント壊れちゃうよ?」

「www 壊れませんよ、絶対」

「……どうして?」

「だって、伊織さんが治してくれるって言ってくれましたから、俺の事。なら、壊れる訳ないじゃないですか。ただ、これでもちょ~っと落ち込んでますので、今日は一晩中俺を慰めて下さいよ~」

「……バカw」

そして、その後忘れられない長い夜が始まる──事は全くなかった。

──翌朝

「フフッ……昨日は素敵な聖夜だったわね」

「何言ってるんですか……伊織さん、20時過ぎには既に爆睡してたじゃないですか。ま、俺も21時には爆睡してましたから人の事言えないですが」

「悪夢も見ないでぐっすり寝られたでしょ?」

「ま、まぁ……これだけ長時間寝たのは凄い久しぶりで頭が異様にスッキリしているのは確かですが……」

「本来、聖なる夜はぐっすり眠るものだから。じゃないと、サンタさんがプレゼントを持ってこれないでしょ?」

「www なるほど。……って、しまったな~、それだったら靴下用意しておけば良かったな~。そしたらプレゼント貰えたかもしれないのに」

「フフフッ……たくみちゃん、枕元にあるのは何かしら?」

「──?! ルーズソックス? しかも中に何か入って……る?」

「メリークリスマス、たくみちゃん♡」

「あ……ありがとうございます! ちょっと感動しちゃいました。えっと、プレゼントの中身、見てもいいですか?」

「www いいわよ。きっとたくみちゃんが一番望んでるものが入ってるから」

「では早速──え?……全日リフト……券?」

「今日が本番だから! 15時まで滑りまくるわよ! 時間が勿体ないからさっさといくわよ!」

「ちょ、ちょっと────」

2日目のスキーは、初日と変わる事なく過酷なものであった。が、相変わらず痛みを伴う程の極寒の白銀の世界で……心だけは温かかった。

結果はどうであれ、内容はどうであれ、自分の為にしてくれた畑口の行為が……ただただ嬉しかった。

──このまま、猛吹雪が続いてここに閉じ込められて、ここで暮らしていくのも悪くないかもしれない……

そんな思いと裏腹に、昼頃には天候は晴れへと変わっていき、そして──現実へと戻っていった。

──帰宅後

夜21時頃、帰宅。家のドアの前まで来て鍵を開ける瞬間、忘れていた現実が頭を支配する。

──あ……もう、九重は家にいないんだ……出ていっただろうし……

してしまった事からすれば当然の結果ながら、この現実に酷く心が痛み、一気に気分がブルーになっていく。

──もぬけの殻の家を見て、俺は耐えられるだろうか?

そう思った途端、周りの色が暗くなり、みるみるうちに心が落ちていく。

──……これが俺の運命か。いつも寸での所でどん底に……ま、しょうがないか……

等と考えながらドアの扉を開けると……いつもの様に「お帰り~」という言葉、笑顔で迎えてくれる九重が……その姿を見た瞬間──また……罪は重ねられていった。

──ピロートーク

「──は? 伊織さんと泊りでスキーに行く事、知ってたの? な、何で……?」

「そりゃ、私も誘われたからね」

「じゃ、一緒にこればよかったじゃん! 何で──」

「何が悲しくて猛吹雪の中スキーしなくちゃいけないのよ! 私、そんな苦行に付き合う程、マゾじゃないから!」

「ま、まぁ……その通り苦行そのものだったんだけど、心配じゃなかったの?」

「ん? 何が?」

「え~っと……その~……俺と伊織さんが深い関係になっちゃう……とか」

「www なっちゃえばよかったじゃん」

「──?! な、何を……こないだと言ってる事、違うじゃん。絶対ダメって言ってたじゃん」

「親友としてはダメだけど、彼女となれば話は別だからね」

「い、意味分からん……」

「だって私だけフィアンセがいて、たくみ君に彼女がいないのは不公平でしょ? たくみ君の彼女が伊織さんなら、申し分ないし。けど、そっか~、伊織さんとそういう関係にならなかったんだ~、せっかくお膳立てしてあげたのに~」

「そ、そういう事なら事前に教えてよ……俺、凄い勿体ない事しちゃった気、してきたじゃん……」

「www 事前に知ってても絶対できなかったくせに~」

「そ、そんな事ないって。今までだって流れによっては伊織さんとそういう関係になってても全然不思議じゃなかったし! 昨日だってそういう前提だったら……た、多分そういう関係になってたって!」

「www そういう事にしておいてあげる。そんな不器用でバカ正直で我慢強いたくみ君にはご褒美あげなくっちゃね。……またしよっか♡」

「い、いや……昨日、今日と命懸けでスキーしてきたから身体が──」

「ここは元気じゃん────♡」

「ちょ! ちょっと待って────」

……こうして加藤と九重、そして畑口との不思議な関係は変わる事なく末永く幸せに暮らしていきました……というエンドならばどれだけ良かったであろう……

既に悲劇の入り口に足を踏み入れている事を、この時は知る由もなかった。

挿話?

久しぶりの更新になってしまいました。

正直、この話自体は省いても特にストーリー進行に支障はない感もするので略そうかとも思いましたが、一応印象深いエピソードの一つだったので。

「いやいや……仕事中にいきなりスキーにいく事なんてまずないって……」

……と、保険業界に携わった事ない人はツッコミを入れるでしょうが、ある程度かじった人ならば「あぁ、12月はちゃちゃっと数件入れて20日くらいで仕事納めにして南の島にバカンスに行くのがいいんだよね~」と、ある一定の理解は得られるでしょう。

……こういう業界なんです。(外資は知らんけど)

流石に仕事途中で泊まりの旅行に出かけたのはこの時だけですが、日帰り旅行程度ならばちょくちょく行っていたかな? 「ちょっと遠方の知人のアポがあるので」みたいに理由付けて。

「あぁ、よくやるよね~。流石に成績取れてない時は無理だけど、ある程度調子良い時なんかは自分へのご褒美という意味も込めて行っちゃうよね~」と、これも業界の人ならば一定の理解は得られるでしょう。

……こんな業界なんです。(外資は知らんけど)

「数字さえあげていれば、大抵の事は通る。数字のみが正義」

これが生保営業の世界ですからね。(今はここまで極端かどうかは分からんですが、ま、似た様なもんでしょう)

……と、畑口の行動が特別異質じゃないよ、という話でした。(人の端末弄って勝手に有給申請するのはいかがなものか、とは今なら思いますがね……)

さて、何か微妙に甘いラブコメ的内容が続いていますが、次回あたりより一気にクライマックスへと突き進んでいきます。

第3章外伝同様、心臓の弱い人は次回あたりで読むのをやめる事、オススメします。

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