第20話:モンスター
孤立
時は流れて12月。
加藤は乗りに乗っていた。ここで加藤の9月からの契約数を羅列してみる。
- 9月6件
- 10月15件
- 11月17件
- 12月11件
4カ月で実に49件もの契約数というのが如何に化け物じみているか、という事は、保険営業に携わった事がある人なら分かるであろう。特筆すべきは11月、入院をしていて実働日数わずか11日の成果がこれであった。
この恐ろしい程の数字は、皮肉にも加藤を営業所内でますます孤立させ、苦しませる事となっていた。
──仕事ばかりして、つまらない人。仕事が全てじゃないのに。
──加藤君は、私達とは住む世界が違い過ぎるよね……才能も違い過ぎるし。
──最近、加藤君いい気になって高飛車だよね。……絶対バチ当たるんだから。
遠巻きに聞こえる声はこんなものばかりであった。
(何だよこれは……俺はまだ入社3年目の25歳だぞ? 普通の会社だったらまだ半人前の若手に過ぎないんだぞ? 俺なんて大した事ないって……ちょっと色々歯車がかみ合っただけに過ぎないんだから……俺を腫れ物扱いするなよ……普通に接してくれよ……誰でもいいから……!)
ここ半年、営業所内で会話を交わした人物──営業部長に城山支部長、そして内勤さんとの事務的会話のみ。
加藤はとことん乾いていた。
皮肉にも、営業所内での孤独は、ますます加藤を加速させ、本当のモンスターへと変貌させていった。
悲しき活動動機
この頃、加藤はある意味病んでいた。乾いた心を潤す為にひたすら飛び込み──飛び込み先で話す事で、会話する事で心を満たすという、何とも悲しき動機が加藤の足を動かしていた。
契約は度外視……誰かに必要とされたい、誰かの役に立ちたい、誰かに認められたい、誰かに名前を呼んで貰いたい……
皮肉な事に、この様な心境での営業スタイルは、ますます大きな成果を呼び込む事となっていき、さらに加藤を孤独へと追いやっていく。
──おぅ、お疲れ。今日はどうだった?
──いや……今日は成果出ませんでした。勝野リーダーはどうでした?
──へへへ、俺は今日は2件だな
──う、やりますなぁ。明日頑張ります
──って、お前取り過ぎだって。全然追いつけね~じゃんかよ、俺
──来月は重大月かぁ。お前何かネタある?
──いや~、全然ありませんよ。ホントピンチですよ
──またまた~、また何か大ネタ隠してるんじゃないんか?
──そんな事いう勝野リーダーだって、ネタ隠してるんじゃないです?
──俺? いや~、ないねぇ。ま、ないもの同士、また賭けするか!
──ん~、いいですよ。ただ、賭けであまりいい思いした事ないんですよ……
──気のせいだって、恐らく今回は俺が負けるよ。うわ~憂鬱だなぁ~
あの頃の様に……いつか、また……
ひたすら願った未来は夢の中でしか訪れる事はなく、現実は──
悲しき動機に、数字だけが虚しく積み重なっていった。
居場所
──夜
「ちょ! お兄ちゃん、何やってるのよ! 野菜を洗剤で洗おうとして!」
「──え? だ、だって何か土ついてたし……」
「水で洗うに決まってるじゃない! ホント、何も知らないんだから~」
「ご、ごめんなさい……こ、これでいい?」
「ま、いいでしょう。……何怒られて嬉しそうにしてるの、お兄ちゃん!」
「あ、ごめん。……こうやって怒られるのって久しぶりだな~って。……会社じゃいっつも化け物扱いされて腫れ物扱いされてるし」
「www お兄ちゃんのどこが化け物なのよ。こ~んな不器用で世間知らずなのに。ほら、そんな事言ってないで、今度は米研いで。……もう! そうじゃない、こう!」
「www たくみ君、頑張って♪」
「い、意外に難しいものなんだね、家事っていうのも。……保険とる方が数倍ラクだよ……」
「ほら、無駄口叩く前に手を動かす! うちはタダ働きでご飯が食べれる程、甘くないんだからね!」
「うぅ……美子ちゃん、スパルタだねぇ……」
「wwwwww」
加藤が辛うじて心を保てていたのは、紛れもない田中家での生活があったからというのは言うまでもない事であった。
家賃
──話は少し遡り、12月初旬頃。
「えっと……気が付いたら1ヶ月ここに住んでるんだけど……生活費、いくら入れればいいかな?」
「ん? そんなのいいよ~。喫茶店のバイトでかなり助かってるし」
「いや! 流石に無料っていう訳には……飯代だって俺の分は余計にかかってると思うし、ここら辺はキチンとしないと!」
「ん~、だったら30万かな?」
「──?! や、やけに高いね……」
「当たり前でしょ? 私の毎日の手料理に毎晩の私の添い寝付きだよ? 仮にそういうサービスを頼んだら、こんなもんじゃきかないよ? 安いくらいだよ」
「た、確かにそうかもね。個室で入院していてもそれくらいはかかるし、それを考えたらむしろ安いくらいか、なるほど。……今、財布の中身、25万しかないから、残りは明日でいい?」
「──?! ちょ! 冗談に決まってるじゃん……何、本気にしてるのよ……」
「い、いや……今、美幸さんがいったんじゃん……」
「もう、すぐ騙されるんだから~。こんなんじゃ、将来苦労するよ~。……これからみっちり教育していかないとね」
「よ、よろしくお願いします。……で、いくら払えばいい?」
「ん~、それじゃ、3万円、これだけ頂戴」
「──?! い、いや……それじゃいくら何でも──」
「その代わり、家事手伝いをする事! これから田中家の一員として扱うからね!」
「田中家の……一員? お、俺が?」
「当たり前でしょ! もう家族同然じゃない。……嫌だった?」
「い、いや……嫌じゃない……けど……」
「美子にみっちり仕込む様にいっておくから、覚悟してね」
「は、はい……」
……という感じで、加藤の婿修行(?)が始まった。家族という言葉が、妙にむず痒かった。
挿話
「なんだ……これは……」
こう思われる方も多いかもしれません。はい、一応自分の中での黒歴史の一つですね、これ。私生活と裏腹に、会社生活は中々に悲惨なものでした。
出る杭は打たれる、この言葉はよく聞くかと思います。
では、出過ぎた杭はどうなるか、ご存知ですか?
勝手に人は人を化け物呼ばわりや特別視されたりして、一気に距離が広がり人はいなくなります。
この話、理解できる人はどれくらいいるでしょうか?
「心の渇きを潤す為、飛び込みして、そこで話す事で満たされる」
まぁ、見るからにまともな動機ではないですよね。
不思議なもので、こんな狂った動機で……数字は皮肉にも積み重なっていきました。ある意味強いですよ、何せ「契約を全く追っていない」「契約なんてどうでもいい」と思って動く人間というのは。下心がない分、ホント「スッと」懐に飛び込めて行けてしまうという、、ね。
孤独を紛らわせる為に飛び込み→ドン引きレベルで数字があがる→ますます孤独に→以降ループ
ま……よくもこんな状態を半年程続けたものだと、当の本人ですら思います。ま、自分1人だけだったら、確実にもっと早い段階で病んでいたでしょう。
……この孤独の話オンリーにしようと思いましたが、裏では私生活もあったが為、敢えてリンクさせて書いてみました。上手く伝わるかな?
「9歳下の高校生に世間知らず呼ばわりされてコキ使われる」
そんな扱いに心底喜んでいたという・・・書いていて、自分はマゾなんじゃないかとすら笑
次回、次々回あたりはほのぼの、そして外伝最後へと続き、元に戻ります。
もう少し、お付き合いをば。
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