第4話 開花
多忙な日々
相変わらず指導する人材は入って来ない。また当分は喫茶店で時間でも潰すか……と加藤は思っていた。が、タダでトレーナー給与を貰う事は営業所は許してくれなかった。突然、営業部長からの呼び出しが。
「おぅ、加藤。今月ヒマそうだなぁ。なら、ちょっと勉強会に参加してこいや」
「えぇ? ようやく自分の仕事が出来ると思っていたのに……」
「一人前というヤツは時間を少ない中から作ってそれで成果を出してくるもんだぞ。お前もそろそろ新人という立場から抜けだせよな。あ、後7月戦のビアパーティの場所、どこか候補見つけておけや」
「えぇ? そんな事やった事ないですよ……どうやって候補見つけてくるんですか?」
「誰だって最初はやった事ないに決まってるだろ! お前、保険営業はじめてだったよな? それで出来たよな? それと同じだ。店長呼んで、100人規模の貸し借りをするから1人あたり3,000円でどこまでの料理が出るか聞いて実際に食べてくるだけだ」
「……それって雑用に近いので──」
「アホ! お前今の立場知っていってるのか? トレーナーは『支部長補佐』ともいうんだよ。支部長の補佐的仕事はお前の仕事でもあるんだよ!! グチグチいってないでさっさとやれ! ビアパーティの視察代は営業所で持ってやるから」
聞く所によると、勉強会とはFP知識の研修のようなもので、なんと週のうち4日、しかも朝の10時から16時までと殆ど缶詰め状態との事。そして月末までにビアパーティを開催する場所を探してこい、と。
(こんなスケジュールでどうやって保険取っていけというんだ……今月は保険取るな、という事……はないだろうな。結果出してこないと何いわれるか分かったものでもないし……)
久しぶりに少々憂鬱になった加藤であった。
──が、この「仕事」により、加藤の今後の営業活動に大きな変化をもたらす事になるとはまだ加藤は気付く事はなかった。
勉強会
ただ、コンサルティングという意味では非常に新鮮だった。今まで殆ど我流に近い勉強だった為、色々な知識、保険に関連する知識を学ぶという事は非常に面白く感じ、日を増す事に加藤自身の脳が賢くなっていくような感覚にとらわれていた。
「加藤君って、確かアソコの営業所の加藤君なの? あぁ、一度話してみたかったのよ」
勉強会自体当然加藤だけが受けるという訳ではなく、各営業所から数名、どのような基準かは不明だが、一応「それなりに成績がいい入社歴の浅い人」という選考があるらしい。
加藤自身全く気付いていなかったが、何故か加藤の名は殆どの各営業職員の人が知っていた。入社時の研修中は殆ど勝野に連れ回されていたが為、全くといっていい程他の営業所の人と話す事がなかった加藤にとって、はじめて「他の営業職員の人と話す」場となり、それはそれで非常に新鮮であったし、楽しくも感じた。
──ただ、加藤自身のモチベーションと同じ人達が皆無という事が、加藤を逆に焦らせた。
「ところで何でこの勉強会来てるんです? 企業保険を取る為とかです?」
「ん? 何言ってるのよ。そんなのサボる為に決まってるでしょ(笑)」
──が、意外な所でこの勉強会で知り合った他営業所の人との繋がりが役にたつ事となる。
そして、いわば強制ともいえるこの勉強会にて、加藤のコンサル能力は比較的にアップしていた。本人自身は全く気付いてはいなかったのだが……
ビアパーティの場所決め
加藤にとって勉強会よりも苦痛な事、それはビアパーティの候補を見つける事だった。
過去加藤自身が出席したビアパーティの場所は勝野の知り合いの所という事は後に聞いたのだが、加藤自身がビアパーティを行える、100人程度が貸しきり出来る場所等当然知っている事はなかった。
(どこにいけばいいんだ? 飛び込みで見つける……もの……なのか?)
勉強会の終わる時間真際になると、常に加藤の頭を過るのが習慣になっていた。
(もうそろそろどこか候補決めないと……営業部長にドヤされるしなぁ)
最初から予想していた通り、加藤は憂鬱になっていた。
「加藤君、これから食事にでもいかない?」
勉強会より2週間が過ぎた時、去年の施策旅行で加藤に地獄を垣間見させた山口という職員が話し掛けて来た。取りあえず、誘って貰って断わる理由もないので、食事にいく事にした。
食事……といっておきながら、来た店は小洒落た居酒屋のような所であった。
「取りあえず、カンパ~イ」
何が乾杯なのかは意味不明だが、思わぬ所で酒を飲む事になった。 小1時間経過。何故か加藤は飲まされていた。そして、何故か珍しく饒舌になっていた。
「何か7月のビアパーティの場所の候補あげてこいっていうんですよ……どこ探せばいいんですかねぇ? こんな雑用押し付けられて──」
「ん? それって滅茶苦茶オイシイじゃん。確か営業所からの経費で落ちるんだよね。毎日飲み歩き出来るなんて、幸せじゃないのよ。何だったら私が付いていってあげようか?」
「あ、是非お願いします。店の事とかあまり知らなくって……」
「え~、私も詳しくないんだけど、そんなの探せばいいだけじゃん」
と、その後の話は覚えてはいないが、暫くの間山口と研修後、飲み歩きにいくという不思議な日課がこの時確定した。
意外な成果
山口はお世辞にも仕事熱心とはいえない人ではあった。が、あっけらかんとした憎めない性格のせいもあってか、それなりに成果をあげているらしかった。
いわば、まるっきりタイプ的に逆といってもいい2人ではあったが、少なくとも加藤にとっては非常に新鮮な刺激をうけていた。
「ん~、今日で5日目か。どこいこうかねぇ」
「ん~、あ、ここなんか面白そうじゃないです?」
いわば加藤の唯一ともいえる特技、環境適応能力により、いつのまにかあれ程憂鬱だったビアパーティの場所探しが今では楽しむ余裕さえ出来ていた。
「あ、今日は最初から名刺とか渡してみようよ。サービスして貰えるかもしれないし♪」
山口の提案にて、最初から主旨を伝えるという方法を取る事に。
「あ、○○生命の加藤と申します、店長さんはいらっしゃいますでしょうか?あ、はじめまして、今度7月上旬頃に100人程度で1人予算3,000円程で貸しきり出来る場所を探しているんですけど」
「え?! そんな人数で予約いれて貰えるんですか。だったら今日はサービスしますので、どうぞ楽しんでいって下さい。あ、私こういうものです。もしうちを使って頂けるのでしたら、私も含めまして全面的に保険の見直し依頼をさせて頂こうかと思っています!」
……予想外の展開だった。当然このような成果を求めて主旨を最初に伝えた訳ではなかったのだが……が、さらに驚く事を山口は間髪入れずに言う。
「あ、ビアパーティで使うかもという事で、もう少しイメージを知りたいので後何人か呼んでもいいですか?」
「あ、いいですよ。是非皆様に来て貰って下さい」
「やった! 何でもいってみるもんだね。取りあえず勉強会のメンバーをみんな呼ぼうよ♪」
何か別世界の人間を加藤は見ている気がした。が、少し心が踊っていた。
山口の言動一つ一つが、加藤にとって大きな営業スタイルの変化のきっかけになる事を、珍しく予感していた。そして、加藤にとっての本当の営業の開花は、突然やってくる事となる。
開花
「おぅ、保険屋。出来たらこの携帯電話を●個捌いてくれや」
「了解、あまり期待しないで下さいよ……」
「そういえば、お前動物保険も扱ってたよなぁ。アレ1件頼むわ。後、写真入りカレンダーだったっけか? この写真で10部ずつ作っておいてくれや」
「了解です、早速手配しておきますね」
一見、職を変えたのか? とも思えるやりとりではあるが、加藤は当然退職もしておらず、いち保険屋である。が、加藤の動き方が大きく変わって見えるのはまぎれもない事実であった。いや、正確には動きの制御がなくなったといった方がいいかもしれない。
加藤は山口との出会い、接触によりある事を知った。それは「常識とは自分で決めるものではない」という事。知らずうちに自分の中での常識に囚われ、動きに制御がかかっていたという気付き。
突如と思える行動の裏には、加藤なりに精一杯考えた末の根拠があった。これまでの加藤の活動の弱点としては……
- 訪問ネタが少ない(口ベタ・話ベタなので、何度もの訪問のネタに困る事が多々)
- 店への飛び込みを避け気味であった
大まかに見て、この点がピックされる。これまでは、当然の事かもしれないが「保険屋が保険の話題のみするのは当然だ」等といういわば「知らぬうちの制御」がかけられていた状態にあったといえる。真面目に仕事のみをしてきた加藤にしてみれば、「遊び」の感覚が抜けていたと見る事も出来ない事はないな、と。
ただ、人との繋がりという点から見ていけば何も話題は保険の事だけでなくても何ら問題ない訳であり、むしろプラスになるのではないか、と。
過去のなじみ活動で喜ばれた事は何だったか? 保険とは関係ないツールが喜ばれる事もあったのではないか、いや、そちらのが実は多かったのではないか、と。
そこで加藤は独断で行動に出る事になる。携帯屋さん、写真屋さん、動物病院屋さんetc..喫茶店等にもちょくちょく顔を出すよう、心掛ける事に。
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こちらの地区担当になりました、加藤といいます。地域密着型の営業という事で保険以外の事でも皆様に喜んで貰えたらと思っています。●●さんの所の携帯電話を皆様に紹介してもいいでしょうか?当然、それで紹介料を~という事は一切考えていません。実は自分自身の訪問ネタにも十分なるな、と考えていまして…
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このような切り口にて、各種今まで回っていなかった店に対して訪問をするようになり、結果として「携帯電話や各種グッズ、写真付きカレンダー、動物保険」というサブツールを保有する事となった。
元々サイドビジネスというつもりでのツールという訳ではなく、あくまでもボランティアとしての活動となるが為、当然ノルマ自体は存在せずに気軽に出来るという点も加藤の狙いだった。
少なくとも加藤にとっては劇的な活動手段の変化であった。
社内営業
ノルマが一切ないとはいえ、多少は貢献しないと悪いかな、という事を考えていた加藤がとった行動はこれまた今まででは考えられない行動、社内営業であった。
社内営業といってもただ営業所の人に「携帯屋さん(等)に頼まれたものですので、良かったらどうぞ」とチラシを回る程度で、本格的な売り込みはしなかった…というか加藤の性格上出来なかった。
が、これが幸いしたのか、意外にも営業所の人達に携帯電話変更需要や写真付きカレンダーの受注が多く入って来た。写真付きカレンダーに至っては営業所にとどまらず、支社全体のツールとして採用される程までに発展した。
後、意外な効果として、今まで殆ど交流のなかった営業所の人達との仲がよくなり、様々な人に話し掛けられたりするようにもなった。
「へぇ、加藤君いろんな事してるんだねぇ。なんとなく加藤君仕事ばかりで話しづらかったんだよ、実は」
この声は実際のお客様の声そのものなのかもしれないなぁ、と加藤自身は改めて気付いたりもした。
他に同じ発想で動いていた人が幸いにもいなかった事もあり、「これだけ皆に喜ばれるのならうちの営業所だけの紹介は勿体無い」等と考え、山口の営業所をはじめ3つの営業所にまでいつのまにか出入りする存在となっていた。
この一見無駄とも思える「いきすぎた社内営業」が今後、思いも寄らぬプラスとなって帰って来る事となるが、当然加藤はその時点では何も気付いていなかった。(これについてはいずれ後述する事となるであろう)
加藤は名だけではなく、実物像も瞬く間に支社全体に知れ渡る事となった。
成果
「こんにちは。今日近くまで寄ったものですからお邪魔しました。実は近くの●●さんというお店から頼まれて、皆に紹介して欲しいという事でこんなチラシ持って来ました」
「へぇ……携帯電話ねぇ。今は無料になったんだ、へぇ~。ん? 写真入りカレンダー? こんなのもやってるの?」
「まぁ自分の商売という訳ではなく、頼まれたので特に何のノルマもなく紹介しているだけですけどね。地域密着営業という事で、保険のみではなく色んな事で役にたてれたらと思っていますので」
基本的に飛び込み営業自体は何一つ変わっていないので、劇的な直接的な成果(契約)がいきなり増えるという事はなかった。が、今までの大いなる課題であった「訪問ネタ」という点においては非常に大きな成果をあげる事となったというのは明らかであった。
一種の遊び心とでもいえばいいのだろうか、今までは話に詰る事も多かった加藤自身にとって、話のネタが増えたという事で、気持ち的にリラックスして人と接する事が出来るようになった……気がした。
意外な成果
意外でも何でもなかったのかもしれないが、全く当初予定していなかった契約がとれる事となった。携帯屋をはじめとする、ツールとして利用していたお店からの契約である。
「いやぁ、助かるよ。お礼といっては何だが、うちの保険を見直すよ」
「──え? いや、そんなつもりでやっていた訳では…ただ自分自身の営業ツールの一つとして使わせて頂いていただけで、十分それだけでも自分の利益になっていると……」
「ん! 面白い!! 君に今後の保険は任せるよ。あ、知り合いも紹介していいかな?」
「あ、ありがとうございます! ただ、あくまでもノルマ商品として皆に紹介している訳ではないですので、今後も同じように貢献出来るかは分かりませんよ」
「んなもん、期待してないわ! ふははは」
とある喫茶店にて山口と会う。
「へぇ、加藤君面白い事やってるねぇ。私も参考にしようかしら」
「いや、山口さんの言動がきっかけで思い付いたんですよ、逆に俺が感謝しなくちゃ」
「へ? 加藤君頭大丈夫? どうして私の言動でこんな活動になるのよ?」
「え……いや、自分にない部分を吸収出来たというか何というか……」
「へ?? 私じゃこんな事まず思い付かないし、思い付いても実行しようなんて思わなかったと思うよ、結果出るかどうか分からないし」
振り帰ってみれば、非常に危険な賭けだったかもしれない。 この間の活動(2ヶ月間)は結果的に加藤の営業を大きく開花させる事になった訳ではあるが、直接成果に結び付く保証は何もなかった訳だから。(他の営業所へ出向く等するという事は、当然直接の飛び込み件数は今までより減る事となったりするので)
「ま、とにかく、これから飲みにいこうか♪」
その後、夜の街に消えていく2人であった。
余談ではあるが、加藤と山口が付き合うというストーリーは当然の事ではあるが存在しないので悪しからず。
挿話
かなり今思うと…大胆な事を試みたなぁと思います。結果的には大きく開花するキッカケとはなったんですけどね。同時進行で今までの飛び込みと平行して~というのならばいいとして、完全に一直線でしたので。。
いわゆる飛び込みの遊び感覚(?)はここらから開花していきました。 えぇ、色んな所に飛び込みましたよ、イチロー選手の実家とか(笑) (チチローにアプローチアウト喰らって帰って来ました)
一見無駄の動きこの上ないですが、話しのネタとしては非常に活用出来、考え方次第では非常に有効な成果であった…なんて思ってます、未だに。
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