たくみの営業暴露日記

第8話 思わぬ成果

たくみの営業暴露日記
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第8話 思わぬ成果

思わぬ成果

「おぉ、加藤君、用意しておいたよ。あ、後、部屋に後で来てって言ってたよ」

 用意して貰ったのは、社員名簿150人分、その他出入り許可証である。 実質的に、1年は十分食べていくだけのシェアを手にいれた事になる。

「おぉ、前山君から話は聞いてるよ。面倒だから君に任せるよ」

 任されたのは、役員退職金制度の設定、役員退職金の為の保険設定、役員の死亡保障保険設定、社長の保険──これだけで、優に今まで加藤が取ってきた契約よりも大きな数字に。

(おい……俺は夢でも見ているの……か?)
 
偶然に偶然が重なった結果、非常に大きな成果をあげる事になった。

 時は9月……この時点で年間ノルマ、いや、下手すると3年間くらいのノルマは達成といえる数字が。

 これまでの出来事が、ふと走馬灯のように駆け巡る。

ビアパーティ

 7月──怒濤のような行事の中にて、ビアパーティと呼ばれる「お客様感謝イベント」と称した見込み客作りイベントが行われた。お客様は無料でどうぞ~というイベントながら、当然経費は職員持ち。

 お客様自体も、「イベントにいったら保険を強引に勧められる」という事を思ってか、中々参加者は集まらなかった。

 新人である加藤は当然のごとく、イベントに来る事を断わられ続けた。皮肉な事に、契約をとった先ですら、イベントは嫌だ、と。

 苦肉の策にて、「人数集め」の為、1人の友人を誘った。保険に加入する可能性は限り無く0%に等しいその友人は土田という。何故に加入する可能性が限り無くないといいきれるのか?答えは非常に簡単、「親が同社にて働いているから」である。

 取りあえず、会社の人でも数人連れてきてよ、といったのが当時の加藤の不幸を招く事に。なんと…10人もの人を集めてきた。人数集めとはいえ、これらの出費は全て加藤持ち、1人3000円で3万……新人の加藤にとってみれば、3万という出費は非常に痛かった、それは覚えている。

会社の人

「ん~、うちの会社は保険屋さん出入りしてないなぁ。見た事ないもん」

タダ酒を気分良く飲んでいた、1人がこうしゃべる。

「おぉ、そういや来た事ないなぁ。うち150人くらいいるから、来てみたら?面白いかもよ。って、俺は保険は入らないけど、ははは」

「あれ? 確かうちって出入り禁止とかいってなかったでしたっけ?」

「んなもん、来てみないと分からないだろう!」

勝手に話が進んでいく。

「あ、あの……会社ってどちらになるんです?」

「ん? ●●市にあるよ」

「──え??」

 驚くのも無理はない。 車で営業所から優に1時間はかかる場所になるからだ。かなり僻地という事になる。

「ま、一度来てみなよ。な~に、俺が話をつけておいてやるからさ、ははは」

……ヤケに上機嫌に語っていたこの人──最後まで名が分からないままだった。

訪問

 翌日、名前すら覚えていない人のいう事だけを頼りに、その会社に出向く事に。少なくとも、ビアパーティ分の元が取れたらいいなぁ、という淡い期待を持って。

(って……会社訪問なんぞ、した事ないなぁ、何っていって入っていけばいい……んだ?)

久しぶりに、飛び込み当初のオロオロぶりを発揮する。

(まぁ……話つけておくっていってたから、なんとかなるか……)

恐る恐る、会社の門を潜る。

「こ、こんにちわ~……」

「はい、どのような御用件ですか?」

 今思えば当たり前の事なのだが、受付の人が対応に。 加藤にとってみれば予想外の出来事であった。 加藤の頭の中では、社長なり直接出てくるものだと思っていたからである。

「あ、い、いや……今度こちらの会社の担当になりました、●●生命の加藤といいます。よろしくお願い致します。御挨拶をしたいと思いますので、責任者の方お願い致します」

……今思えばよく言ったものだ。会社の担当になった~なんて当然嘘……というか、何故このような事が口から出たのか……挨拶に来て、いきなり責任者呼べ~なんて、今では考えられない。

──ただ、ここで一つの奇跡が起こる。

「少々お待ち下さい、こちらの応接室でお待ち下さい」

……まさか、応接間に通される事になるとは夢にも思わなかった。

 後から聞いた話だが、この受付の人は新入社員であり、通常ならば「席を外しています」等とやんわりとお断りするのが常という社風(?)の所を、対応を間違えて通した、という事だったらしい。で、後からかなり怒られたらしい。

「おぉ、どうもどうも、総務の前山です」

 実はここでも第2の奇跡が。この方はたまたま今年引き抜きにて会社に来たばかりの人で、社風なんぞ全く知らないという方。元いた会社のせいなのか、誰とでも取りあえず会ってみる~としているらしい。 当然、それまでは全く考えられない事……だそうだ。

「はじめまして、この度こちらの地区の担当になりましたので御挨拶回りしています、加藤と申します」

 サ…っと名刺を出そうとしたら……ない。
 そう、普段加藤は名刺交換等する活動はしていない為、営業所に置きっぱなしになっていたのである。

「あ……名刺変わりですが、どうぞ」

恐る恐る出したのは、なんと自己紹介ビラ。A4サイズのビラは強力である。……当然、当時だから出来た事であり、後に考えるとゾっとする事をしたものである。

「ハハハハ、変わってるねぇ、君。入社何年目?」

「あ、今年入社したばかりです」

「そうか、俺も6月からこの会社に来たばかりなんだよ、よろしくな」

なんと……名刺変わりに出したビラが受けたようで、掴みはOKという感じだろうか。

「あ、お手数ですが、アンケートに御協力お願い致します」

「ん? いいよ」

企業用のアンケート用紙を手渡す。

「ん? この企業年金って何だ?」

「……個人年金みたいなものだと思います」

……まぁ、よくもそんなデタラメを答えたものだ。

 こんな「知識がゼロ」の状況にて会社へ飛び込みにいくとは、ある意味大したものだ──と営業所に戻った後、勝野にいわれたのはいうまでもない。

「うちの会社さぁ、何故か保険屋さんの出入り禁止してるのさぁ。ただ、福利厚生の一環として出入りってあってもいいと思うんだよね。取りあえず古い体質を改善するという事で俺は呼ばれた訳だからね。ま、これも何かの縁だろうから、うちに通ってよ」

 まぁ……なんという偶然であろうか。こうもポンポン話しが進んでしまって、気味が悪いくらいである。

「ところで、なんで加藤君うちの会社に来たの?」

「実は────」

学生時代の友人の話、ビアパーティの事を話す。

「へぇ、それは初耳だ。そうか、土田の友人なのか」

……まぁ当然のごとく、「名前すら覚えていない人」が話しを通しているなんて事はなかった。が、その人の言葉がなければ、この偶然はきっとなかった事であろう。

奇跡

 会社に通うようになって、さらに驚くべき奇跡を見る事になる。 会社の体質改善の為呼ばれた、前山総務部長は、わずか1ヶ月の間に役員に抜てきされる事になった。

 まぁ……元々そういう名目にて呼ばれた事であろうが……

 現社長の次は恐らく前山さんが社長の椅子に座る事になるであろう、と会社の風の噂で聞いた時には耳を疑ったものだ。

 後から分かった事であるが、営業に来た時には前山さんではなく、他の人が常に対応するとの事。前山さんにとってみても、はじめての「来客」だったらしい。

 何故か前山さんに気に入られる事になり、3回目の訪問時には食事までごちそうしてくれる程に。まさか、契約に近々結びつくなんて事は全く考えていなかった加藤は、上司の勝野にすら、特に何の報告をしなかった。

 契約の話……実に最初の訪問より2ヶ月後、9月中旬の出来事であった。

どよめき

「──君、とう君、加藤君!」

「は、はい!」

「これでいいのかね?」

「はい、これでOKです。所で、社長の会社は何をしている会社なんですか?」

「──?! 君、そんな事も知らずにうちに通ってたのかね、ははは、面白い……!」

 信じられない話だが、加藤は契約を頂く時までこの会社が何をやっているか知らなかった。●●商会という名から、何か物を売っている会社なのかな、程度の認識しかなかった。話を聞くと、どうやらパチンコ台の何かを作っているらしい。

……未だにこの程度の認識しかもっていない加藤はある意味大物と言えるであろう。

 契約は、この日頂いただけでも、信じられない数字に。

──10件、修S65,320万

 1ヶ月ノルマを修S5000万としても、優に1年分は超える計算になる。 (大体、一般家庭に販売する保険の4件分程度の成績、修S5000万が)

「じゃ、後退職金の事についてもお願いするから、またお願いな」

「了解……です」

 夕方19時を●●商会から出る時に過ぎていた為、その日は直帰する事に。

 翌日、朝一番に営業所に出向き、なにげなしに成約入力(契約取れたという事をコンピューター入力する事)をする。

 成約入力より1時間後、朝礼がはじまる15分前に、怒鳴り声が。

「ぅおい、加藤! ちょっと来い!!!」

 今まで聞いた事もないような怒った声で自分を呼ぶのは、大森支部長である。

「うおぃ、お前、何遊んでるんだ! 契約高で修S65,320って何いれとるねん! 成約入力は直接支社のコンピューターに送られるんだぞ! 間違いでした、では済まされんのだぞ!! 今俺が気付かなかったら大変な事になってたぞ!」

 大森が怒るのも無理はない。7月、かなり多くの成約入力契約が取り消しになり、支社よりこっぴどく怒られたのを加藤は知っている。が、これはイタズラでも何でもない、正当な成果である。

「い、いぇ、これ本当の数字です……」

「な、なんだと? また~、桁間違えてるじゃないか!!」

修S6,532万だけでも、かなり大きな数字となる。 当然、このように桁間違いと思われてもしょうがない。

「い、いえ……修S65,320万で合ってます、合計10件で……」

「な……なに~~~! 10件修S65,320万だとぉ??」

 これでもか! という程、驚く大森。まぁ、無理もない話である。新人である加藤が修S6億以上の契約を、誰の補助なしに取ってくるなんて誰もが想像しえなかった話であり……

 約1分くらいであろうか、言葉を失った大森をハタと気付かせる、ラジオ体操の音楽が流れる。

「……詳しい話は、朝礼が終わった後に……な」

 ラジオ体操が終わり、朝礼が始まる。

「では……本日……の成果発表を行う」

 心無しか、成果発表を行う大森に緊張感が漂う。いつもと違う雰囲気が営業所全体を包み込む。普段は今にも眠りそうな人、他ごとをしている人が見受けられるが、その雰囲気を察してか、皆成果発表を聞き入っている。

──いよいよ、自分の成果発表に。

「●●さん、2件3210万」
「──?」

何故か自分の成果が飛ばされる。

(あぁ、成果は今日は言わないのかな?)

と、思った直後、最後の成果発表が終わったかと思われたその時──一呼吸おき、大森の口が動く。

「(ゴクリ)加藤君……10件、修S65,320万!」

外にも聞こえそうな感嘆の声が一同から発せられた。 一斉に驚きの声と視線が加藤に注がれる。

 一気に、加藤は「営業所」の、いや、「支社全体」から注目を浴びる存在になった瞬間であった。

余談

実はこの出来事は1年後の事であり、事実とは少々違います。ただ、ビアパーティたるもので知人の会社の人の酔っぱらい意見を間に受けて会社飛び込み、偶然に偶然が重なって会社に入り込んだ…という所まではリアルです。

実にこの会社は1年通った後、今回のような契約に結びつく事となりました。まぁそれまでの間に各仕事場を回ってある程度の契約は独占したのは事実ですが。。

ちなみに、契約時まで何やってる会社か知らなかった…というのは事実であり、、ある意味「無知とはホント強いよな」と思えるエピソードの一つでした。

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