第24話:職場いじめ
集金
「おい、加藤! 話がある、ちょっと来てくれ」
時は少し遡り1月末。
城山支部長が珍しく加藤を呼び寄せた。最近では営業部長が加藤を呼び寄せるのが恒例となっていたので、いささかびっくりした表情を浮かべながら城山支部長の元へいく。
「お前、去年やった保険の事、覚えてるか?」
「は? 何でしたっけ?」
一瞬、何の事を言っているか分からなかった。その加藤の様子にいささか腹をたてたのか、少々苛つきながら城山支部長が続ける。
「……去年、支部成績の為にお前の名を使った契約の事だよ!」
「あぁ……!」
必要に迫られて入った契約ではない保険とは恐らくこういうものであろう……というくらい、加藤は今の瞬間まで、その契約の事はすっかり忘れていた。
「実はな、あれ、俺が自腹で払った契約なんだよ。で、前の営業部長もいなくなった事だし、お前から集金しようと思ってな。ま、一括で返せとはいわんが、分割で返せよ」
「──え?」
「え……じゃないだろ! 今までお前は保障がついていた訳だから、払うのが当然だろ?」
「は、はぁ……」
何か強引に言い包められた、騙されたという気がしてならなかったが、これ以上つっかかろうが城山の気持ちが変わる事はないと判断した加藤はしぶしぶ了解した。
「じゃ、早速」(と、手を出す)
「は、はぁ……」(しぶしぶ財布から手持ちの3万を渡す)
「……なんだこれ? これだけか? まぁいいや。来月も集金するからな!」
自分の机に戻り地区へ飛び出す為の準備をしている間、どこからともなくモヤモヤと色々な妄想が加藤を支配した。
(……やっぱり、どう考えても騙されている気がするよ……な。俺が望んで入った契約ではなく、俺の年齢が一番若いからという理由でお願いされて入った訳で。当時俺があの内容で保険に入る気があったか? といったら、全くなかった訳で。…これじゃ、自爆を暗にそそのかすよりタチ悪い……じゃないかよ!)
だんだんと怒りがこみあげて来て、思わず誰かにその出来事を暴露したい、と思った加藤だったが、即その考えを否定した。
(ハハッ……誰も、相談する人なんか……いないじゃない……か)
そう、今まで信頼していた勝野をはじめ、大半の営業職員はマルチに夢中。とても彼等に話をする気にはなれなかった。(それ以前に、加藤を自然と疎外するような空気が営業所全体に広がっていた)
新営業部長の方針、高度障害保険金の不支払い、営業所内にはびこるマルチ、そして今回の理不尽な保険料請求。連鎖反応のように起こる加藤にとっての不幸な出来事は、確実に一つの場所へと誘導しているかのようであった。
(何で……俺はここで働いているのだろうか……)
自分に問いかけてみる。
(保険の仕事は、嫌いじゃない。いや、むしろ好きな方だ。少なくとも営業に回っていて仕事が嫌になった事はない。じゃ、今の会社じゃないとこの仕事はできない? いや、他の会社でも普通にできる筈だ。今の営業所は好きか? ……嫌いだ。今の会社に居続ける理由は? 自分と契約してくれたお客さん達に悪いから。そう、お客さんがいるから、俺はココに居続けるんだ。居続けなくちゃダメなんだ!)
半ば強引に自分の中で答えを出し、ようやく顔を上げいつもの職場(飛び込み地区)へ出向こうとした時、今度は営業部長から呼び出しが加藤を止める。
「加藤……お前何ボーっとしてるんだ! さっき城山から聞いたぞ! お前、成績が足りなくて自爆した契約のお金の立替を城山に頼み込んだそうじゃないか。で、1年たった未だにそのお金を1円も返さないそうじゃないか! お前、常識ってもんを知らんのか!」
「!!!」
この言葉により、加藤の中で何かがプチっという音を立てて切れた気がした。流石にあまりにも現実と話が食い違いすぎるので、一瞬キっと城山の方を睨み、営業部長に弁解する。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 立替えなんてお願いした事もなければ、成績が足りなくて自爆なんてデタラメもいい所です! その時は──」
加藤の話を遮るように、城山が話し出す。
「まぁまぁ、営業部長。もうそれくらいでいいじゃないですか。立替えに応じた私にも非がある訳ですから、これから……という事で」
「……ったく。そんな一般的な事が出来ない奴が、会社に楯突いて支払い拒否を覆そうなんてするなんて筋違いだ! もう、首突っ込むなよ! 俺の立場だって悪くなるんだから。会社の決定は絶対なんだからな!」
「……」
加藤は、もう言葉が出なかった。やり場のない怒りが急激に胸を圧迫し、息苦しさすら感じた。何も言わず、ゆっくりと営業部長の席から離れる。その後ろ姿をせせ笑う城山の姿があるような気がした。一歩一歩の歩みの距離が、そのまま会社への忠誠心の表れとしてどんどんと離れていく気がした。
(一体、いつからこんな営業所……になってしまった……んだ?)
営業所を後にした加藤は、また自分自身に問いただしてみたが、その時は答えは出なかった。
いじめ
営業に出ている時が、唯一といっていい程加藤の心を穏やかにさせた。がむしゃらに動いている最中は、嫌な事も忘れる事が出来た為、時間さえあれば休む間を惜しんで、飛び込みをしていた。
流石に動きに比例するのか、加藤の成績はその後一段と伸びていた、実際は。
「え~、今日の成果発表をする」
とある朝礼の時である。いつものように出席確認、ラジオ体操が終わった後、まるで変わる事なく成果発表が行われ、一瞬営業所内の空気が緊張で包まれる。
(さて……今日は成約を4本入れたから、なんとなく気分がいいな)
契約が取れた時の成果発表は恐らく誰しも気持ちがいいものである。別に自分が成績をあげたからといって誰に誉められる訳でもないが、その時だけはちょっとした優越感に浸れるものである。加藤も例外なく、そう思う1人であった。
「○○さん、1件修S1053、おめでとう!」
パチパチパチ……(営業所内の皆の拍手)
(あ、恐らく次くらいだな)
成果発表というのは基本的に名簿順で行われる。よって、○○さんが来たら次は大体自分の名が呼ばれるであろうという事は大まかに分かるのである。
「……○○さん、1.5件のS1404、おめでとう!」
パチパチパチ……(営業所内の皆の拍手)
(あ、あれ? 俺の番は? ……数字が大きいから後の方に回ったのかな?)
本来ならばここで名が出るはずであったが、名簿順からいって明らかに加藤の後ろの人の名が呼ばれ、ちょっと途方に暮れたが、呼び忘れたのだろうとだけ思っただけに過ぎなかった。
「──で、最後に○○さん、1.5件のS1404、おめでとう!!」
パチパチパチ……(営業所内の皆の拍手)
(最後? あ、あれ?)
「以上をもって、本日の成果発表を終わる」
とうとう加藤の名が呼ばれる事はなかった。ただ単に呼び忘れていただけであろう、たまにはこういう事もあるよな、とその時は思っていた。が、これは単に呼び忘れという事ではなく、故意的に加藤の名を呼ばないものである事に気付くのは、その次、さらにその次と同じように名が飛ばされた時であった。
いつしか、加藤の名は成果発表の時に出る事は一切なくなった。
(……これって、いじめじゃないの……か?)
加藤はいつしか、群集の中で1人取り残された猫のようになっていた。
とある日、営業所内で設計書を作成する為、奥の端末をいじっていた際、ちょっとした話し声が聞こえて来た。
──そういえば、最近加藤君の影薄いねぇ。
──成果あがってないみたいだしねぇ。まぁ、これが彼の本来の実力だったんじゃない? 契約取れない彼は……何の取り柄もない、デクの棒だよね。何か暗いしw
自分の陰口を言われている所にソソクサと出ていく事も出来ず、陰口が終わり、その営業職員達が席を立つまで、じっと息を潜めてそこから動けなかった加藤であった。
(……なんで、俺はココにいるの……だろうか……)
人とはある種の達成感、存在感、使命感というものの為、会社に所属して仕事をしているといってもいいであろう。これらがなければ、仕事をする意欲は半減する筈である。 加藤自身も自覚はしていなかったが、このような状態になって、人とのつながりの重要性を痛感した。
(俺は……何か悪い事でもしたのか? 何かのバチでもあたったの……か?)
夜、布団の中で弱い心にうち負かされ、信念を曲げて「輪」へ飛び込もう……と思い、行動しようと決心した。 が、神様はソレを許さないかの如く、決定的な出来事がその翌朝起きた。
「おい、加藤! 話がある、ちょっと来てくれ」
2月下旬のとある朝。城山支部長が加藤を呼び寄せた。前回の呼び出しから、1ヶ月、殆ど営業所内で誰とも会話をしていなかった加藤にとっては、どんな要件だろうが自分の名が呼ばれたのが嬉しく思い、心踊るような気持ちで城山支部長の所へ出向く。が、その気持ちは長くは続かなかった。
「実は、俺転勤になるんだ。それまでにお前への借金回収しようと思ってな。今日、全額出せや」
「……は?」
一瞬、耳を疑った。保険料を立替えていたお金が、借金という表現に変わり、自分の転勤が決まったから、耳を揃えて先月の決め事を撤回して全額返せ、と。まるで加藤が借金返済が遅れている滞納者のような言い種である。
「お前、去年あれだけ契約取ってたんだから、たくさん給料貰ってるだろ。これくらい即返せるだろが。……ったく、この守銭奴が……」
──ブチン。
加藤の中で確実にキレた瞬間の音は、まるで実際に聞こえるかのようであった。
「(財布から5万と小銭全てを出し、バンと机に置きながら)今、これだけしかありません! 決まりですから!!」
そう言うと、城山が何か言い出すのを無視し、加藤はきびすを返してズカズカと営業所を出ていった。
(……もう、辞めてやる! なんだ、この会社は!)
誰にも知られる事なく、加藤が退社の意を固めた瞬間だった。
富めるときも、貧しいときも……
──2月(プロポーズから1週間後)、寝室にて
「美幸……ちょっと相談があるんだけど……」
「ん? 何?」
「結婚……ちょっと遅らせても……いいかな?」
「あ、別に予定通りでいいよ。……私は大丈夫だから」
「え、えっと……最近慣れつつあるけど……やっぱり意味分かんないや。……俺、まだ何も言ってないじゃん……」
「今の会社辞めて、収入なくなるからせめて次の仕事が見つかるまで結婚延期しようって話でしょ?」
「あ、相変わらず凄い先読みだね……な、何で分かったの?」
「www それくらい分かるよ~。特にここ最近は酷かったじゃない。いっつも泣きそうな顔して無理して笑ってさ。私には無理しなくていいよって言ってるのに」
「……ごめん、心配かけたくなかったから……結婚するし……あ、やっぱり辞めるのやめようかな。何か大した事じゃない気してきたし。ちょ~っと我慢すればいいだけ──」
「アレキシサイミアのたくみ君がそれだけ辛いってよっぽどの事だから。……また倒れちゃうよ? 最悪死んじゃうよ? このままいったら」
「……」
「だから私は大丈夫って言ってるじゃない。……例え貧乏でも私は構わないから」
「で、でも──」
「何とかなるって~。いざとなったら喫茶店のママさんにお願いして私が出勤増やせばいいし。たくみ君は専業主夫やってればいいよ」
「お、俺……新婚早々まさかの専業主夫になるの? な、何か嫌だな~」
「何言ってるの? 専業主夫は憧れの仕事の断トツ一位じゃない。なりたくてもなれない人なんて星の数程いるんだし」
「ま、まぁ……確かに誰でもなれる職業じゃないけど……俺、料理できないよ?」
「大丈夫! 料理は幸子にしっかり仕込んで貰うから♪」
「え~、今度は幸子ちゃんに~? ま、幸子ちゃんならいっか。優しく教えて──」
「あ~見えて、幸子は美子以上に厳しいから、覚悟しててね」
「わ、分かったよ……うぅ、普通に働いた方がまだラクかも……」
「wwwwww」
挿話
ちょっと予定を変更して、本編(?)をぶち込みました。
ん~、流石にここらの事は……未だに冷静には書けませんねぇ。一語一語、書くのがちと辛かった為、文章自体にまとまりもクソもないです。自分の文章が下手で少々ニュアンスは掴みづらいですが、「保険金支払い拒否に対して、自分がケチをつけた」事から、ボディブロー攻撃がネチネチと始まりました。
いや~、キツかったですよ~。成績をとっても一切数字が発表される事もなければ、グラフがゼロのままというのは。孤立化というか本当の空気、幽霊扱いでしたね。陰口もボロクソ言われましたし……落ちぶれただの、木偶の棒だの、暗いだのetc…
いわゆる「職場のいじめ」というヤツですかね、これ。
まぁ……上からしてみれば、「お前の営業所のヤツがごちゃごちゃ動いてる。管理不行届きで、お前にも否がある」と、出世に響く可能性を感じ、目に見えない(?)嫌がらせをネチネチとしてきたのかな?
本文以外にも、取った契約者にいちいち調査に入る~、ちょっと些細な事でも契約書取り直し~等という事もありました。(調査は、本来は100件に数件の割合でたまにする。自分は偶然にも(笑)20件連続で行われた)
何か……まるで自分に辞めて貰いたいような仕打ちですよね。(実際、そうだったのでしょうな、今思うと。言う事聞かない奴はいらん! とかいう人でしたし……)
城山支部長においても……まぁ酷いもんで。 頼まれて名を貸したものが、いつの間にか自分が借金してる事になってるし……自己の転勤の為か何か知らないですが、いきなり全額返金せい! と言ってきたり、と。 (この時が怒りのピークでして、よく殴り掛からなかったなぁ、自分、と我ながら自己の忍耐力をよく誉めてたものです)
ま……時期は微妙に違っていますが、限り無く実話です。 (これでもかなり端折っています)
ま、ここらの経験があったからこそ、「大きな声では言えない生保会社の裏事情」やら「保険クリニック裏病棟」を作る強い意志が生まれたので、結果的には感謝なのかもしれませんがね(笑)
……当然、二度とこんな経験はしたくないです……な。
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