#Last 4年後~結婚式~
「──では、新郎新婦の入場です」
会場のライトが消え、後ろのドアにスポットライトがあてられる。結婚式の始まりである。全体で100人前後であろうか、今の時代にしては少し豪勢な結婚式となるであろう。
(高いお金出して、わざわざこんな結婚式しなくてもいいのに。そのお金を新婚生活で遣うとか新婚旅行に充てればいいのに)
顔は笑っているものの、内心そう思っていた。
「あなた、そんな顔しないで。今日はあの子にとって一番幸せな日なんだから。ほら、もっと笑顔で、ね」
いつもと変わらない笑顔のつもりだったが、知らぬうちに内心が表情に出てしまった様だ。ただ、一般の人では分からないであろうほんの小さな変化に気付くのは、さすが長年連れ添った妻という事であろう。
「ほら、あの子、あんなに幸せそうにしてる……ちょっと前にはあんなに小さい子供だったのに、ねぇ……」
定番の式の流れの中で所々でしみじみ独り言のようにしゃべる妻は既に半泣き状態である。
(今からこの調子じゃ、これからの思い出アルバムや娘のメッセージで号泣するだろうな……)
と、ワインで軽く口を潤しながら思わず苦笑した。
決して何も心に来るものがない、という訳ではないものの、別に今生の別れになる訳でもあるまいし、と、感慨にふけている人を少し冷めた目でみる自分はおかしいのだろうか?
「──それでは、新郎新婦の思い出の写真を紹介したいと思います」
式は進み、気が付いたら半ばを過ぎクライマックスへと向かっていた。
(ふぅ、もう少しで式も終わりか。こんなものか、娘の結婚式というのは。もっと心に響くものがあると思ったけど、想像以上に冷静だ。それどころか、つまらないと思っている自分すらいるし。……親失格だな、俺)
軽い失笑と共に、スクリーンに目を向ける。それと同時に会場の灯りが消え、スクリーンに否が応でも視線を奪われる。
「──これは新婦さんの中学生の頃です」
真っ暗の会場の中、スクリーンに流れる昔の娘の写真と共に流れる進行役の声。まるで催眠術にかかった様に、半意識状態で画面を見つめる。
────!
娘の写真の筈なのに、何故か彼女にすり替わった気がした。そして、走馬灯のようにあの時の彼女との出来事が頭に蘇る。
……────
──おじさん……わ、私を……か、買わない?
──……いい度胸してるね。こんな危ない男に声かけるなんて。俺、失うモノ何もないから……滅茶苦茶しちゃうよ?
──(ビクッ)……い、いいよ……
──フッ……そんな怯えて……慣れない事はやめときなって。酷い目にあってからじゃ遅いから
──どうなっても私は構わないから! 滅茶苦茶にしてよ!
……────
──お・じ・さん♡ 昨日はありがとうございました。……私の初めての味は如何でしたか?
──……君をベッドに運んでからそのまま帰ったよ……って、初めてって……何?
──え? 初めてってそういう意味ですよ? ……ホントに何もしなかったんですか?
──……ま、今更何を聞いても驚かないけどね。……えぇ、服一枚脱がしてないですよ
──おじさん、ホモなんですか?
──ホモでも不能でもないけどね。……普通の男は手出さないって
──お父さん、しょっちゅう若い子にお酒飲ませて手出してますよ?
──……意外にクズなんだ、君のお父さん
──いや、そんなもんじゃないですか? 男の人なんて
──……15歳の子が言う台詞じゃないって、それ……
──私、ませてますから♪ だから、初めての経験に幻想も何も抱いてません
──ま、それはいいんだけど……何で俺にこだわってるの? まさか、俺がタイプとか?
──いえ! 全くタイプではありません! 汚れるなら、徹底的に汚れたいと思ったからです!
──……微妙に傷つくなぁ……
──後、私と同じ匂いがしたから。……おじさん、この世に絶望している様な
──……え?
──私……不治の病なんです。30歳まで生きれない可能性が高いんです
……────
──だって、私の為に生きればいいじゃないですか
──は? な、何で君の為……に?
──え? 私に言ったじゃないですか。太く短く生きればいいって。人の3倍の速度で生きればいいって。この私をその気にさせたんですから、責任取って下さいよ
──え? な、何の責任?
──私が立派に生きてるって事を見届ける責任ですよ。私はやりますよ~、優等生やりながら彼氏だって何人も作りますし、お金だって稼ぎまくりますし。裏の顔と表の顔を使い分けて、誰もが羨む人生歩んでみせますから
──……強いね……
──ただ~、私1人だと挫けちゃうかもしれないじゃないですか~。だから、私の成長を見守っていて下さいよ~
──……中々強引だね。ただ……正直そこまで生き続ける気ないよ
──あ、よく考えたら自己紹介まだでしたね
──いや……別に聞かなくてもいい──
──私、幸せと書いてユキって言います。……ホントは13歳になりたての中学1年生です♪
……────
──私を……見ていて下さいね。私はもう絶対下を向きませんから。……最期まで笑っていますから
──これから一杯勉強して〇×高校入って……優等生やりながら、裏の顔も持って……彼氏も何人も作って、大学にも行って、大好きな彼氏と結婚して……子供も2人は作って……絶対幸せな人生歩んでみせますから
──何てったって、私の名前、幸ですからね。幸せになるに決まってるじゃないですか
──ジュンさんも……今度会う時までにビックリするような魅力ある大人の男性に……なっていて下さい」
──5年後……このビルの向かいの喫茶店で。私はきっとウエイトレスとして働いていますから
──きっと私、びっくりするくらいキレイになっていますよ。……楽しみにしていて下さい。私も……楽しみにしていますので
──だから……生きて下さい、私の為に。約束ですよ?
……────
今まで心の奥底に閉じ込めていた思い・感情が一気に飛び出し、胸が張り裂けそうになる。コナン君の世界軸に憧れていた彼女、他の人の数倍の速度で時間が流れていた彼女、それに合わせるかの様に全力で駆け抜けた彼女、どんな苦境でも笑顔で乗り越えていった彼女、ギリギリまで平然を装って笑顔だった彼女──そして笑顔で旅立っていった彼女。
ありふれた小さな幸せ、大好きな人と結婚して子供を作って静かに生きていく事が最大の夢だと言っていた彼女──それは叶わない夢だと諦めていた彼女。
そんな彼女の幸せを祈っていた自分。見守る事しか出来なかった自分。話を聞いてあげるしか出来なかった自分。──何も出来なかった自分。
様々な思いが溢れ出し──大粒の涙が頬を伝わり続けた。
「────た、──なた、あなた! 大丈夫?」
妻に話しかけられ、ふと我に返る。いつの間にか会場の明かりは戻り、アルバム紹介が終わっていた。
「やっぱりあなたも泣くじゃない。普通の立派な父親だよ、やっぱり」
「あ、あぁ……」
まさかホントの事を言える筈もなく、ばつが悪そうに横を向いて相槌を返す。
「ちょ、ちょっとお手洗いにいってくる。後、タバコも1本吸ってくるわ」
「分かった。なるべく早く戻ってきてね。もうすぐクライマックスだから、ちゃんと見守ってあげて……」
そういう妻の言葉を背景に、会場から逃げる様に出ていった。
「ふぅー……」
気が付けば2時間近くもタバコを吸っていなかった事もあり、やけに上手く感じる。ニコチンがいい感じに身体中にいきわたるにつれ、冷静さを取り戻していく。
「……ハハッ、こんな時に彼女の事を思い出して泣くなんて、ホント、酷い親だな、俺……」
軽く自己嫌悪に陥りながら思わず独り言を呟く。式が進行中という事もあり、喫煙所にいるのは自分1人である。まぁ、式の終盤に抜け出す不謹慎な人は他に誰もいないであろう。
──バタン! コツーン、 コツーン……
(あれ? 式から出てきた人いるのか。お手洗いかな?)
背後の音で、振り向く事もなく判断する。
──コツーン、コツーン……
近づいてくる足音。
(フッ、俺と同じ様に一服しに来る人、いるんだ。不謹慎だなぁ。足音から推測すると、女性か)
振り向く事もなく、思わず苦笑する。
──コツン、キュッ!
足音が自分の背後で止まる。
(──? 何故俺の背後に?)
そして数秒経過、時が動き出す。
「こんにちは! お久しぶりです、ジュンさん!」
「────?!」
振り返って瞳に飛び込んできたもの、それは思わず見惚れる飛び切りの天使の笑顔だった。
Fin
エピローグ
「──え? み、みの…り……ちゃん?」
「どうして疑問形なんですか~。私に決まってるじゃないですか~」
「えっと……状況が掴めず軽くパニックになってるけど──何でここにいるの? 偶然にしては出来過ぎてるし」
「偶然なんてものは私は信じません。必然です♪」
「必……然? 更に意味不明なんだけど」
「忘れました? 私、●●ちゃんと友達になった事。ほら、Facebook経由からLINE交換してやり取りしてたじゃないですか~」
「……あ! た、確かにそんな事があった様な──まさかその後も続けてた……の?」
「えぇ、何となく♪ 色々●●ちゃんから聞いてますよ~、ジュンさんの事。車校代とか車代とか出して貰ったとか──ジュンさん、親バカですね♪」
「──!!」
「もうお気づきでしょうが、結婚式の招待状が来て~、流石に色々不味いかな~と思ったんですけど~、好奇心が勝って~、現在に至ります♪」
「……開いた口が塞がらないというのはこういう事を言うんだね。ホント、何って言ったらいいのやら──」
「ホント迷ったんですけど、貴重なモノ見れましたので来て良かったです♪ ジュンさんの驚く顔に~、ぐちゃぐちゃの泣き顔! 娘さんがお嫁にいくの、そんなに悲しかったんです~?」
「──バカ……! 泣いていたのは──」
「──ごめんなさい。……ちょっとは近況連絡すれば良かったですね」
「──バカ……!───ッ」
「ちょ! 泣かないで下さいよ~。ほら、私はこの通り元気ですよ~。──ね♪」
「───っとに良かったよ。……生きてて」
「ちょ! 勝手に人を殺さないで下さい!」
「いや、1リットルの涙の……亜也ちゃんは……25歳で死んでたし……みのりちゃんもそろそろかな、って……」
「前にも言ったじゃないですか! 症状の進行には個人差があるって! ドラマの観すぎ!」
「……悲劇にならないじゃん、これじゃ。せめて寝たきり、最低でも車椅子状態になっててくれないと……」
「──! 私が元気でいちゃいけないんですか! ひどーい! これでも大変──」
「ごめんごめん、これは冗談ね。フゥ……──ま、大分落ち着いて来たよ。軽くこれまでの4年の事、聞こうか。まず留学と称した入院、どうなったのさ」
「それはですね────」
それから色々な話を聞いた。入院中の事、退院後の事、大学編入で遠い街にいる事、裏稼業からすっかり足を洗って今は買いまくったブランド品をオークションで売りさばいて小遣い稼ぎしている事、彼氏の事、そして──
「──という事で、現在私は思い描いた通りに遠い街で静かに陽のあたる場所で暮らしているのでした♪」
「そっか。やっぱみのりちゃんはみのりちゃんだったじゃん。ホントに未来予想図の如く、生きてるじゃん」
「はい♪ 色々、ちょっとだけ挫けそうになった時もありましたけど、その度にこの写真を励みに何とか頑張って来ましたよ、ほら♡」
「──?! まだ持ってたんだ、それ……」
「当たり前じゃないですか~、宝物にするって言ったじゃないですか~」
「……確かに言ってたね。ま、それが役に立った様で何よりだよ。後は──結婚して幸せな家庭を築く事かな?」
「はい、これからはお腹の子と2人で幸せのこぼれ日の中で精一杯生きていきます♪」
「──は? お腹に──赤……ちゃん? 2…人で?」
「はい♪」
「何か更に色々聞きたい事、増えちゃったけど──そろそろ、行かなきゃ」
「──! すっかり忘れてました! 結婚式の真っ最中でした! だ、大丈夫です?」
「ま、まぁ……修羅場になるかもだけど、何とかごまかすよ。最後に──聞いていいかな」
「はい、何ですか?」
「……幸せ?」
「──はい♪」
Fin
※次回、あとがき
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