第23話:外資をバックとして……?
「たくみちゃん、紹介するね。この方、私の知り合いの黒田さんね」
1月中旬のとある夜、畑口の働いている店に呼び出され、いきなり1人の何とも渋い男を紹介された。推定年齢50歳前後であろうか、やけに立派な身なりに独特のオーラを醸し出す謎の男──いまいちよく分からないまま名刺交換をした。そして、加藤はその謎の男より予想外の言葉を聞く事となる。
「いやぁ、ずっと君に会いたかったよ」
そう言われても全く心当たりがない加藤は、どういう事なのか聞いてみた。
「桃田から嫌という程、君の事は聞かされてたからね。君をうちの会社が取れば、業界のシェアが大きく変わる程のメリットがあるって」
「え? 桃田さんと同じ会社の? それはともかく、業界シェアが変わるって……流石に言いすぎですよ……俺、いち営業マンに過ぎませんし。それに、もう桃田さんには断りを──」
「当然聞いてるよ。だから支社長である私が直接君を口説きに来たんだよ」
「──?! 支社長?」
思わず名刺を凝視する。……確かに名刺にはその様な肩書が書いてある。
(ど、どういう事だ? ま、まさか──伊織さん、俺を売った?)
思わず畑口の方を睨みつける加藤。その意図を読み取ったのか、咄嗟に黒田が話を続けてきた。
「あ、誤解を与えてしまったのなら謝るよ。ただ、君にとって必ずプラスになる話だから」
「……伊織さん、これは一体……?」
思わず畑口に問うと、子供をあやすかの様な優しい笑顔で「私を信用して」とだけ言い残し、店の奥へと消えていった。
「さて……まず誤解を解いておこうか。うちは君の力を確かに望んでいるが、それは営業マンとしてではないんだよ」
「──?!」
「加藤君、大きな声では言えない生保会社の裏事情というメールマガジンを発行しているよね」
「は、はい……よくご存じで……」
「あのメールマガジンはやけに評判だからね。ちょっと前からうちの社内でも話題になっていたんだよ。それが……まさか君が作者だと彼女から聞いた時にはホント運命を感じたよ。……ずっと作者を探してたからね」
「探して……た? な、何で?」
「この業界の勢力図を変える為のキーになるからだよ」
「──?!」
「加藤君、保険業界を変える為にはどうするのが一番近道だと思うかね?」
「……一度ぶっ壊して真っ新にする事だと思ってます。皆が御社の様なコンサル主体の営業になれば、と。そんな主旨でメルマガを──あっ……!」
「そう! 君のやろうとしている事はうちにとってとてつもない追い風になるんだよ。だから、うちは君を全面バックアップしたいと考えているんだよ」
「バック……アップ? どういう事ですか?」
「それは────」
ここから話す黒田の話は衝撃だった。HP作成会社の元、メールマガジンを元にHPを発足、検索対策を施し業界随一のHPに仕上げる。執筆料、そして支度金という名のちょっとしたプロスポーツ選手並の契約金まで。更に、カモフラージュとして指導係として迎え入れる、と……
全ての話が終わり、黒田が去っていった15分後──畑口は席に戻って来た。
「ね? 悪い話じゃなかったでしょ?」
「……この話、もしかして伊織さんが……?」
「何がたくみちゃんにとってベストかを考えると、これが一番かなって。よくよく考えたら、黒田さんの会社とベクトルが同じだからね、たくみちゃんがやろうとしてる事は」
「た、確かに……業界を敵に回すといっても、それは国内生保の話であって、外資にはむしろ歓迎されるのか……き、気付かなかった……」
「コンテンツの内容は全く違うけど、HPを用いて集客しているっぽい所があったから軽くツテを使って調べてみたら、ドンピシャ。同じ事、いやそれ以上の事、黒田さんの所でできるんじゃないかなって、軽く資料作ってプレゼンしたら思いっきり乗ってきてね。善は急げで今日に至った訳」
「お、恐ろしく頭キレますね……よくそんな事、思いつきましたね」
「たくみちゃん、前にネットプロデューサーの人から声かかったって言ってたでしょ? それで気になって徹底的に調べたからね」
「あ、あの話、信じてくれたんですか? 当の本人ですら嘘臭いと思うような話なのに……」
「嘘っぽい話ほど真実に決まってるから、たくみちゃんの場合。事実は小説より奇なりを地でいくのがたくみちゃんだからね。それにしても……思わず関心したわよ、からくりが分かった時には」
「け、けど……あんな契約金、絶対ペイしません──」
「支社の売り上げの7割以上あげてるから、私が調べたところは。半年でそれくらい余裕でペイするから」
「──?!」
「これなら大きなバックもついて潰されるリスクも限りなくゼロになるし、大きな一時金も得られるし、さらに安定的収入も得られるし、やりたい事も出来るしで、一石三鳥以上でしょ?」
「け、けど……独立系FPとはちょっと違う様な……」
「贅沢言わないの! これ以上は絶対ないから! いち個人がここまでやれるだけでも奇跡に近いんだからね!」
「……そうですね。何のバックボーンがない俺ができるのは確かにここらが上限かもですね。一時金はともかく、ちょっと年収低いのが気になります──」
「全然低くないから! 大企業の部長並だから! たくみちゃんの年齢でそれだけ貰ってたら、モテまくりだから!」
「い、いやいや……これじゃ生活していくのが精一杯じゃないですか。人並み以下ですよね、この額じゃ」
「……一応聞くけど、たくみちゃんが言う人並みって、年収いくらくらい?」
「え……年1500万くらいですよね。さっきの話だと、せいぜい1000万ちょいいくかいかないかくらいしか──」
「バッカじゃない? どこの世界の話してるのよ! 一般の平均はその半分あるかないかだから!」
「またまた~、年収500万が平均の訳ないじゃないですか。俺、社会人1年目で貯蓄600万くらいできたくらいですよ? 平均ならみんなもっと貰ってるに決まってるじゃないですか」
「それはたくみちゃんだけだから! 他の人はそんな事ないから!」
「いや、勝野さんも、その上司の大森さんも当たり前の様に1年目から年収1000万超えてたって言ってましたよ? これくらい出来て当然だって、お前は出来が悪い方だって散々言われて来ましたし」
「そういえば、たくみちゃんで霞んでるけど、勝野君も十分化物レベルの実績あげてきた営業マンだったわね……すっかり忘れてたわ。そういう特例はおいといて……そうそう、たくみちゃん、大学や高校の友達はたくみちゃんの年収聞いて何って言ってた?」
「……話した事ないから知らないですよ。……そもそも友達は……大学時代にマルチで潰して誰もいませんし」
「そ、そっか……何かごめん……。じゃ、私が代わりに突っ込んであげる。常識知らずもいい加減にしなさいよ! たくみちゃんの月収以下の年収の人だって世の中たくさんいるんだから! 人並みの生活送りたいんなら、まずその狂いまくった常識治しなさいよ! 分かった?」(伊織、修羅モード発動)
「は、はい……ごめんなさい……以後伊織さんの言う通りにします……」
「それにしてもたくみちゃん、今までアホみたいに稼いできたみたいだけど、そのお金、どうしちゃったのよ? まさか全部仕送りしちゃったの?」
「あ、いや……あまり多すぎてもいけないと思って月平均40万くらいだけですけど……後は生活費に遣ったり散財して……殆ど貯蓄ないですよ」
「し、仕送りで40万って……ま、それは百歩譲っていいとして……今ふと思い出したんだけど、たくみちゃん、こないだ唯の件でちょっとお金張ったって言ってたけど……それ、いくら?」
「え……実はそこまで大した金額じゃないですよ? 300万程度──」
「ホント、バッカじゃない? いくら唯が可愛くてたくみちゃんの好みだったからといって初対面でそんな大金遣うんじゃ──いや、これはアリか。一目惚れした子を救う為に命懸けで単身ヤクザの事務所に乗り込み、惜しげもなく大金を投げ出して華麗に救った……そして2人は結ばれて……出来過ぎなくらいの美談だわ……」
「い、いや……勝手に話を盛らないで下さいよ。別にそんなつもりじゃなく、単に伊織さんの驚く顔が──」
「困った唯をみてどうにかしてあげたいって思ったんでしょ! あわよくば唯との未来も想像したんでしょ! 唯、かなりの上玉だもんね!」
「前にも言ったと思いますが、そんな気はサラサラなくって、ただ伊織さんの──」
「唯の為にした事にしておきなさいよ! 間違っても唯の目の前で私の鼻を明かすつもりだったとか言っちゃダメだからね! 分かった?」
「は、はい……」
「……ハァァァァ、英才教育以前にその狂った金銭感覚や常識から教育すべきだったわ……手間かかる……」
「い、いや……俺、以前はともかく今は一般的になったと思いますよ? 前と違って今はなるべく家で飯食べる様になりましたし、1カ月の生活費だって今なら50万あれば何とか──」
「バカ──! たくみちゃんの今の生活環境で50万の生活費って……何をどうすればそうなるのよ!」
「え? 移動とか食事とか……タクシーとか多用したら、ねぇ。ほら、駅から会社まで歩くとちょっと距離あるじゃないですか。だから毎日タクシーを──」
「徒歩5分は滅茶滅茶近いから! それくらい歩きなさいよ! 何て無駄遣いを……」
「い、いや……最近は節約する様になりましたよ? この俺が地下鉄乗って通勤する様になりましたから。今までだったらタクシーで──」
「当たり前でしょ! それ以前にたくみちゃんの住処からなら自転車使いなさいよ! たかだか地下鉄1駅の距離でしょ!」
「い、いや……朝から体力使いたくないじゃないですか。それにタクシーも毎日乗ってると運ちゃんと仲良くなれるんですよ? 前に運ちゃんとその仲間達に保険入って貰いましたし、その流れで会社契約も取れましたし」
「……流石、幻のMDRT会員……小橋さんが異様に執着してた訳だ……」
「え? 伊織さんMDRT知ってるんですか? あんなマニアックなものを?」
「保険業界に携わった人なら誰でも知ってるわよ! それを二つ返事でスルーする人なんて、たくみちゃんくらいだから!」
「い、いや……年会費クソ高いじゃないですか。それこそ無駄銭もいいところ──」
「駅からのタクシー利用辞めれば1ヶ月で十分お釣り来るでしょ!」
「そ、そうかもしれませんが、タクシー利用は契約に結びつきましたし、決して無駄銭じゃないですよ。丸山さん、電話1本で深夜でも早朝でも何処へでも来てくれますし」
「その年でお抱え運転手抱えてるんじゃないわよ! ハァァァ……やってきた事は凄いけど、同じくらいに酷いわね……まるで小学生がお金持ったみたい……いや、それ以下かも……」
「そ、そうです? ま、まぁ……今後は伊織さんの言う通りにしますので……もう怒らないで下さいよ、ね?」
「……あまりの非常識さに思わず感情的になってしまったけど……よくよく考えたら、そのアンバランスさがたくみちゃんの最大の武器だったわね……思わずこの私がたくみちゃんの毒牙に……いや、もうかかってる……? ……流石、天然ジゴロ……キラーキング……」
「わ、訳分からない事、言わないで下さいよ……ほ、ほら、グラス空になってるじゃないですか。今、水割り作りますから……飲みましょ、ね? あ……ボトルが空ですね。同じヘネシーで良かったです?」
「──?! い、いつの間にボトルが空に? こ、この私が飲まされてる……? 一流ホストですら手玉に取るこの私が……? な、何て恐ろしい接客術……!」
「あ、リサさん、これと同じボトル1本追加でお願いします」
「店の子に頼むんじゃないわよ! 黒服に頼みなさいよ!」
「え? さっき伊織さんが席外した時にちょっとついてくれた時言ってましたよ? 私が左手で耳のあたりを触ってたらその席を離れたいという意味だから、その時はさり気なく呼んでくれって。その時はお礼でボトルプレゼントするからって言ってましたし。あ、流れで後でカラオケ一緒に行く事になりました。伊織さんも一緒に行きます?」
「わずか15分でリサと意気投合してるんじゃないわよ! 何よ、その不思議な掌握術は……一流ホストでもそんな事できないわよ!」
「た、たまたまですよ。フィーリングが何となく合う人限定ですって……ほ、ほら、テキトーに飲みにいった時に隣の席の人と意気投合して奢って貰うとか普通──」
「全然普通じゃないから! 何よ、その特異な武勇伝は……」
「い、いや……伊織さん、バーで飲んでいて男の人に声かけられる事、しょっちゅうだって言ってたじゃないですか。なら、俺も同じ事できるかな~って真似ただけですよ」
「私のナンパ話から何でそんな発想になるのよ! 変態にも程があるわよ!」
「い、いや……何度も言ってますが、俺は至ってノーマルですって」
「い~や、絶対違うね! 現に私の写メ使ってアイコラ作りまくってるじゃない! それのどこがノーマルなのよ!」
「あ、あれは……九重にフォトショの練習に丁度いいからって言われて……いつか役に立つからって……」
「九重ちゃんの写真でやればいいでしょ! 何で私なのよ!」
「い、いや……九重の見本が伊織さんの写メだったので、つい……あ、大分俺も上手くなったんですよ。ほら、これなんて九重のお墨付きです。今度、この写真を某雑誌に投稿してみようと思うんですが、どうですかね? あ、賞金出たら山分けします──」
「私を投稿写真デビューさせるんじゃないわよ! せめて身内だけで楽しみなさいよ! この暇人変態カップルが!」
「ま~ま~、そんな怒らないで下さいよ……これ飲んで落ち着いて下さい、ね?」
「(ゴクッゴクッ……)ったく、もう! リサもそんなに笑って、何がそんなにおかしいのよ!」
「www いや、伊織さんがこんなに飲まされて感情あらわにしてるのを初めてみましたから。……へぇ、いい写真じゃん。伊織さん、ホントの高校生みたい……ただ、29歳にもなって高校生の制服着て遊園地デートは……ちょっと痛いですよ……」
「これはこの子が作ったアイコラだから!」
「あ……ごめんなさい、これ、年末に一緒に行った長島の時の写メでした……」
「私の黒歴史をバラすんじゃないわよ!」
「wwwwww」
──これで……全てが上手くいく。順風満帆な人生がこれから待っている。
加藤の願いは畑口によって叶えらようとしていた。
が──
家~受験?~
「────♪」
「お前……何だよ、この写真……何で美子ちゃんと幸子ちゃんと一緒に映ってるんだよ……」
「ん? こないだ初詣一緒にいった後、家に招待されたからその時に、ね♪」
「み、美子ちゃんはともかく、幸子ちゃんまでこんな楽しそうに……一体どんな魔法使ったんだよ……」
「ん? 別に普通に話して仲良くなっただけだけど? 意外に簡単だったわよ」
「お、俺ですら幸子ちゃんと仲良くなるのに5日かかったのに……初対面であの大の人見知りの幸子ちゃんと仲良くなるとは……お、お前……ホント凄いな……それ、営業に活かせば余裕で一財築ける様な……」
「何言ってるの? これくらい営業かじった人なら誰でもできるわよ。ね? たくみ君が営業向いてないってよく分かったでしょ?」
「お、俺……これでもMDRT会員基準を3年程連続でクリアしてる営業マンなんだけどね……」
「www そんなもの、誰でもなれるから。みんな、そんなマニアックなもの興味ないからスルーしてるだけだって」
「し、知らなかった……みんななろうと思えば簡単にMDRT会員になれるんだ……人一倍動きまくって身体壊してまでようやく基準クリアする俺は、やっぱダメ営業マンだったんだ……今更どうでもいいけど、やっぱちょっと落ち込むよ……」
「ドンマイ♡」
「……2人共、元気そうだった?」
「ん? 写真みたら分かるでしょ? 2人ともチューハイ2缶飲んだだけでベロンベロンに酔っぱらってたわよ」
「お、お前……何て事を……未成年に飲酒させるなんて……」
「何言ってるの? 今時の子は中学に入ったら普通にお酒覚えるのが当たり前だから。高校生なら、月1で居酒屋にいくのが普通だから。じゃないと、大学行った時や社会人になった時の新歓で困るでしょ?」
「た、確かに……月1居酒屋はおいといて、俺も高校生の時には普通に飲酒してたし……それが普通なのかも……あ、ありがと、あの子達にお酒教えてくれて……」
「──♪」
「で……今お前が手に持ってる不思議な赤い本は……何?」
「ん? 知らない? 〇×大学の赤本だよ? 私、高3の受験生っていう設定だから。あの高校行ってて受験しないのはあり得ないでしょ?」
「ま、まさか……お前、〇×大学受験するつもりなの……?」
「フフフ~、私も春から華の女子大生よ。夢のキャンパスライフが私を待ってるわ」
「お前……ある意味凄いな……俺ですら大学受験するという発想はなかったよ……そういう所は俺も見習わなくちゃ」
「──♪」
「……国立ならセンター試験受けないとダメだから、絶対〇×大学に入れないけどね。……センター試験、こないだ終わったばっかりだし」
「──! な、何で教えてくれなかったのよ! うぅぅ、私の2週間の努力を返してよ!」
「wwwwww」
挿話?
微妙に改編していますが、大体リアルです。
「国内生保からしてみれば迷惑極まりない内容で何のメリットもないが、外資からしてみればその逆」
このからくりを初めて聞いた時、ちょっと衝撃を受けました。でもって、2回目となる買収話……というか全面バックアップの話が畑口経由で某外資から舞い込んできて……
これに関しては即答で断る事なく、かなり前向きに考えていました。かなりいい話でしたし、かなり当時の理想に近かったですし、何より畑口が持って来てくれた話でしたし……
「い、いや……これ、作り話でしょ? いくら何でも……」
と言われる方もきっと多いでしょうが、リアルだったりします。他にもメルマガ経由で複合代理店から提携話があったりとか、某保険資料一括請求の会社からコンテンツ作成依頼があったりとか、何故か生命保険協会より声がかかったりとかetc…
やっている当の本人は全く気付きませんでしたが、何かと銭の匂いがプンプンしていたんでしょうね、当時のあのメルマガ……
……ってな具合に、何とも明るい未来が見え隠れしたこの頃……ちょくちょく時間が止まらないかな~とか本気で願ってましたね。楽しい・幸せの時間の後に悲劇が待っている様な気がして……えぇ、トラウマでしたから。
ちょくちょく幻聴は聞こえてましたが、この頃はまだ「まとも」だったかな?
そろそろ……話は佳境に入っていきたいのですが、書いているうちにどんどんとエピソードを思い出してしまい、予定より長くなってます。
もう少し、お付き合いをば。
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