第22話:高度障害保険金請求
Prururu…
1月某日、加藤の携帯電話が鳴った。着信の名を見てみると、加藤さんとなっていた。この方は自分が契約を頂いたという訳ではないが、同じ地区という事もあり、ちょくちょく挨拶がてら回っていた所である。
他の人と少々変わっている点としては、数年前に脳卒中で倒れ、右半身不髄になっていた、という点である。
「俺が倒れた当時、三大疾病がなくてな。右半身不随だと保険の約款上、高度障害に値しないんだとよ」と、よく愚痴をこぼしていたものである。
この人への訪問をきっかけに、約款たる約款を片っ端から読むようになった、という点では感謝であろう。
流石にこの人から契約を~という事は全く期待していなかった加藤は、なにげなしに電話に出る。
「おぉ、加藤君かね。ちょっと大至急来てくれないか」
いつもと様子が違う──事はなく、常にこの人は用事があるとこのように加藤を呼び出しをする。用事といっても普段はほんの些細な事で、単に「話し相手にちょっとなってくれや」という事なのだが、加藤も息抜きと考え、常に付き合っていた。この日も「またか」と思いつつ、二つ返事でOKを出し、加藤さん家へ向かった。
「失礼しま~す……え? か、加藤さん、どうしたんですか?」
いつものように家に入っていって、目を疑った。顔色が非常に悪く、上半身がグタっとしている……というよりも一切力が抜け切っている状態で机に前のめりになり、かろうじて顎をあげている状態。ただ事ではない雰囲気である。
加藤に気づくと、か細い声で加藤さんがゆっくりと話し出す。
「おぉ……加藤君。久し……ぶりだな。御覧の様……に、もう下半身は全然動かない……状態で、上半身……も、殆……ど、こんな……感じ……なんだ……よ」
「……もう、高度保険金請求しましょう! どうみても、条件に当てはまるじゃないですか」
「おぉ……その、つもり……で、加藤君を……今日は呼んだ……んだ……よ。今回は……保険金……出る……かな……」
「……これで出なかったら……どうかしてますよ」
高度障害についての詳細は省くが、簡単に説明すると両手が全く動かない・両足が全く動かない等のキツイ条件をクリアしたら、死亡保険金額と同額の保険金が出るというものである。恐らくは、誰の目からみても、この加藤さんは高度障害にあてはまると判断したであろう。
過去、前田さんの件で、高度障害保険金の請求をした経験のある加藤は、即座に高度障害保険金請求の書類を持って来る旨を伝え、営業所に戻り書類を取って、怒濤の速さで加藤さん家へと戻って来た。
「では、この書類を書いて──と、流石に無理ですよ、ね。奥様に書いて貰う事を了承して貰えますか?」
「あぁ……構わんよ……」
全ての申請手続きを終えるまでの時間は、営業所までの往復も含め、わずか1時間ちょっと。加藤自身驚く程の手際の良さであった。
保険金請求手続きで加藤──いや、営業職員に手当てが入る事はない。が、「良い事をした」という思いで加藤の心は非常に晴れやかであった。恐らくは同様の手続きをした人は皆、この気持ちになるであろう。
2週間後。
突然、凄い剣幕で営業部長が加藤を怒鳴り付けた。
「おい! 加藤! お前、とんでもない事してくれたなぁ!」
「え? な、何ですか?」
とんでもない事をした記憶は全くなかった加藤は、ただ呆然とするだけであった。が、次の言葉を聞いた時、一瞬加藤は耳を疑った。
「お前、何勝手に保険金請求出してるんだよ! 何で俺に相談せんかったんだ!」
「え……前に同じ請求を出した事ありますし、このケースでは誰でも同じ判断だと思うのですが──」
「請求不可という回答が来てるんだぞ!」
「──え?」
「こういうのは100%出る状態じゃなければ、請求を出さないようにするというのが鉄則なんだよ!」
「……何ですか、それ……」
「出なかった所に説明にいって、納得させる手間が──えぇい、いいからついて来い!」
保険金が出ないという驚きもあったが、営業部長の一言一言が加藤には非常に理不尽なものに感じられた。保険金請求に対し、いちいち相談? 100%出る状態でなければ請求させないようにするのが鉄則? 納得させるのが手間? これらの言葉がグルグル加藤の頭をかけめぐる。
ただ、今はそれについて討論する時間はなく、とにかく加藤さん家へいく事が先決である。腑に落ちない思いを抱えながら、営業部長と2人で、加藤さん家へ向かった。
「……どういう……事……かね」
「はい……審査の結果、保険金は出ないという事で……」
「部位固定……で、医師の診断書……もあり、医師に……約款……見せたら……大丈夫……と言われた……のだが……」
「ただ……審査の結果……出ないという事で……」
「……審査の詳細結果……見せて……くれ」
「それは……お見せ出来ない決まりでして……」
「……それで納得……しろというのは……おかしい……じゃないか」
「決まりは決まりですので……」
「どうして……出なかったか、俺……が、納得出来るまで……承諾……出来んぞ……!」
ごもっともである。
出ないなら出ない旨の理由の開示がないと、納得出来るものも出来ないのは当然の事。それを開示しないとは、一体どういうつもりなのか……
その後、散々理不尽な怒りを営業部長から言われたが、加藤はそれをうわの空で聞き流しながら全く別の事を考えていた。
(医師のお墨付きもあった加藤さんの保険金が出ないなんて……調査ミスの可能性は、ないだろうか?)
その予感は見事適中する事になる。
その後、加藤は担当医の元を訪れ、話を聞いてみた。部位固定という医師の診断書は絶対であり、これがあって保険金請求が通らないのは明らかにおかしいという意見であった。その話を元に、加藤は色々動いてみた。
独自に色々調べた結果、高度保険金請求の調査箇所が、「上半身のみ」であった事が判明。(ピクリと動くから、条件にあてはまらないというのもどうかしているが)
調べれば調べる程、「調査ミス」という言葉が浮かび上がって来た。
(これは……再度調査をしてもらった方がいいのではないだろうか)
と感じ、営業部長ではなく、城山支部長に相談してみる事に。 が、ここでも予想外の回答が。
「一度出た結果が覆ったという前例は俺は知らないなぁ。あまり会社に噛み付くと、いくらお前でも立場、悪くなるぞ……悪い事は言わないから、その辺でやめとけ、な?」
(立場が悪くなる? どういう事なのだろうか? 噛み付くといっても、ただごく当たり前の疑問をぶつけただけなのに……?)
加藤は当然、納得出来なかったが為、その後もこの件で動き続ける事となる。 が、支部長の警告は外れる事なく、加藤に対する会社の扱いが一変していく事となる。
※ちなみに、この営業物語において加藤家の保険金が支払われる事までは書かないが、実に請求より1年という歳月をもって、保険金は出た。弁護士を立ててという形で。加藤の「調査ミスでは?」という読みが外れていた訳ではない事をここに記しておく。
お年玉
「お兄ちゃん、お年玉頂戴♡」
「──え? お年玉? い、いいけど……お年玉っていくらくらいあげればいいものなの? 俺、誰かにお年玉あげた事今までなかったから分からなくて。……美子ちゃん、今までどれくらい貰ってた? 教えて?」
「あ……い、いや〜……実は今まで貰った事なかったりして……い、一度お年玉、貰ってみたいな〜って……いっつも周りの友達、羨ましいな〜って……」
「……! そっか……分かった。とりあえず、財布に入ってるだけあげるよ……はい、お年玉」
「──?! こ、こんなにいいの?」
「多分だけど、みんなこれくらいは貰ってる筈だよ、きっと」
「み、みんな……こんなに貰ってたんだ……し、知らなかった……」
「あ……ご、ごめん……他の家はもっと貰ってるかも。俺、まだ社会人3年のペーペーだからまだ甲斐性なくて……」
「別にいいよ……他の子より少なくても……貰えた事が嬉しいんだから。……ありがとね、お兄ちゃん♡」
「どう致しまして」
「たくみ君、これから初詣に行かな……み、美子……な、何、その大金は」
「あ、お兄ちゃんに貰ったの。お年玉って♪」
「た、たくみ君……い、いくら渡したのよ……」
「ん? 財布に入ってた分をあげただけだから……25万くらい?」
「な、何考えてるのよ……お年玉の範疇、超えてるじゃない……」
「──え? 前見たドラマで、財布からお年玉を子供にあげてる場面あったし……その人、財布の中身全部渡してたから、それが普通じゃ──」
「普通、そんなに財布にお金入ってないから! 前もそうだったけど、何で財布に25万も入ってるのよ!」
「あ……い、いや……前に飲み歩いた時に一晩で25万なくなった事あったから……これくらい入れておかないと万が一の時──」
「バカ──! どんなお金遣いしてるのよ! 頭おかしいんじゃない?」
「え? 先輩なんて年2000万くらい夜の街に落としてるみたいだし、それが常識だって教わ──」
「それ、間違った常識だから! ホント……これから色々教育してかなくちゃ……覚悟してよね!」
「よ、よろしくお願いします……」
……相変わらず平和な田中家の日々でした。
挿話
今回は予告と違い、ちょっと真面目な内容を。(元の本編ですけどね、これ)
冗談のような、ホントの話です。正直、この話が日生だけなのか、それとも業界全般に当てはまる事なのか、未だ分かっていません。高度障害保険金請求自体、事例がそんなにないですからね。「いや、俺(私)は顧客第一に考えて徹底的に会社と戦う!」という言葉は、他の営業さんよりどれだけ聞いたか分かりませんが、実際に「徹底的に戦った」という経験を聞いた事は未だ自分はありません。
はい…正直「並み大抵の仕打ちではない」ですからね。。(詳細は連載中に書きます)
調査ミス…まぁ、これはしょうがない事だと思います。調査といっても、人間が行う訳ですからね。が、「間違いを訂正しない」という頑な体制はいかがなものなんだろうか…と。 多くはないかもしれないですが、決して全く同じような事例がない…とは言えないでしょう。
「実は出る筈だけど、会社が出さないといったから、しょうがない」
心当たりある営業の人、案外いたりして。。。
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