第3話 初契約
保険診断チラシ
締め切りが終わり、次の月に。
心機一転、新しい事を試みる事をするという事は一切なく、同じように飛び込みアンケート・なじみツール配りにて日々が過ぎていく。アンケート回収は500枚を超え、なじみツールを配る所も200件に達していた。
10日程経過した時、勝野に呼び出された。
「おっ! これだけアンケートもなじみツール配る所もたまったか。そうだなぁ、そろそろ証券診断でもしてみるか!」
勝野が机をゴソゴソと漁り出し、一つの書類を加藤に渡した。
「なじみツール配ってる所に、取りあえずこのチラシを渡してこい!」
取りあえず、書類を300枚程コピーする。
そのチラシの内容はというと…
──ただいま保険診断キャンペーン中。今保険診断をされますと、もれなく○○のカードプレゼント!
……ぶっちゃけた話、大したチラシでもなかった。
まぁ他にやる事もない為、ダメ元でいいや…という気持ちで、飛び込みにいく事にした。
■いつもの飛び込み地区
──ピンポ~ン
「あら、加藤さん、どうも。今日は何?」
「実は今保険診断のキャンペーンを会社でやってまして、そのお知らせで回ってきました」
「あらそう。ただねぇ、うち親が保険会社に勤めていて加藤さんには入れないのよ」
「あ、そうですか。また何かございましたら何時でも声をかけて下さいませ。失礼します」
ここで気付く読者の人もいるであろう。加藤のトークがなんとも自然になっている事を。最初は緊張して上手くしゃべれなかった加藤も、1ヶ月の飛び込み・ツール配りにて自然に言葉がスラスラと出てくるようになっていたのであった。
精神面でも知らない間にかなり強くなっており、先程のように断られても何とも感じる事なく、次の家を何もなかったかのように訪問する事が出来るようになっていた。
──加藤が自分の成長に気付くのはもう少し後の話であるが…
新規飛び込みをしながら、なじみツールを配りなおかつ診断チラシを配る。 効率がいいのか悪いのかは分からないが、この日は40件程度に診断チラシを配って終わった。
結果は特にナシ。が、加藤は落ち込む事がなかった。加藤のノートには新たに「顧客の保険に対する意識」という項目が追加された。Aさんは親が保険外交員、Bさんは即断り、Cさんは今は考えていない(保険加入なし)等。
当然、結果を出してナンボという仕事ではあるが、一つ一つ着実に前進しているような気がして、加藤は充実していた。
診断依頼
診断依頼が取れたのは、実に次の日、2日目であった。
昨日と同じように診断チラシを配りはじめて5件目。
「あら、今日は何の用?」
昨日と同様、保険診断のキャンペーンの旨を伝えると、
「あら、そう。じゃ、お願いしようかな」
「──!」
正直あまりにもあっけなく依頼があった為、アンケートを最初に取った時と同じくらびっくりした。
「実は田畑さんが診断依頼第一号ですよ」
「あら、じゃぁアンケートと同じでまた最初なのね、おほほ」
そう、たまたまではあるが、アンケート回収第一号もこの田畑さんだった。思えば勝野リーダー同様、この人によって自分は支えられている…そんな気すらしたくらいだった。
早速証券を拝借し、コピーを取らさせてもらい後日診断結果を持ってくるという事で次の飛び込み先へと向かった。
そこから3件目。また反応が。
「何? 保険診断すると○○君のクオカード貰えるの? じゃぁお願いするよ」
「──!」
加藤の会社のCMに出ていた人気グループのメンバーの○○君、どうやら予想以上に人気あるようである。クオカードで吊っていいものかどうかと少し葛藤はあったが、結果を出す事を最優先、証券コピーをして次へと。
その日は結局3件の診断依頼、その後2日にて全て消化した時には10件もの依頼が集まっていた。
確率は1/30。果たしていいのか悪いのか。。
会社にて、勝野登場。
「おぉ、10件集まったか。じゃぁ、これを表にしてまとめるんだよ、こんな風に」
サンプルを見せて貰う。なんて事はない、死亡保障が合計でどれだけか、入院保障はどれだけか、個別にまとめただけのものである。
が、当時はパソコンを扱えなかった加藤は全て手書きにて作成という事で多大な時間を要する事になり、翌日、翌々日の土日を会社で過ごす事になった。
月曜日。
勝野に指示を仰ぐ。
「そうだなぁ、田畑さんだと子どもの保障がないな。子どもの保障を作って持ってけ。旦那さんは同じ保障額で出してみて持っていきな。ちょっと古い契約だから新しい特約に興味持つかもしれないし、後は────」
10件もの保険見直し。加藤が素人同然で何も知らないという事もあり、事細かくメモ書きでの指示。時間にして全ての指示を受けるまで1時間程かかった。
設計書作成。
……なんと、加藤は入社50日にして初めてまともに設計書を作成したのであった。当然、使い方、研修中に教わったといってもすっかり忘れている。
「すいません、これってどうやって打つんですか?」
「なんだお前、こんな事も知らないのか!!!」
まわりの人を巻き込んで、設計書を作成。通常なら数分で終わる設計書打ち出し、加藤は実に1時間要した。
さて、飛び込みにいくぞ、と時計をみたら12時を回っていた。
「──いってきます!」
「おぉ、加藤、ちょっと来い」
呼び止めたのは、大森支部長であった。
大森はいわば勝野の上司的存在であり、営業所の中で上から2番目の位に値する人物である。勝野同様、一般営業職員から入社、勝野以上に契約をバシバシとり、支部長に成り上がった経歴を持っている。
「お前、支部の代表職員になったから、今から会議出てこい」
「──え?」
一体何かというと、翌月の重大月(保険会社のキャンペーン月)にて営業所にて数字を期待している人物を選出して支社にて研修をするという主旨だとの事。
「お前、お客さんとのアポイントはないよな」
「いや、今日は保険診断の結果をお客さんに配ろうと思っていたのですが」
「時間の約束はしてないよな」
「はぁ」
「じゃぁ会議出てこい!」
……なんとも強引である。
急きょ予定変更、会議といってもそんなに時間はかからないであろうと思い、渋々支社へ出向いた。
選出会議?
集まったのは全部で50人前後か。うちの営業所は4人。
「今日、ここに集まって貰ったのは翌月の重大月のキーマンである君達にお願いがあるからです。君達には最低1人修S5000万をノルマとして頑張って貰いたい!」
「──?!」
後の話は覚えていない。あまりにもとんでもない事を指示され、パニック状態になっていた為に……
(S5000万って、契約何件取ればいいんだ? 最低、4件…か?)
契約自体取った事のない加藤にとって、全く無謀な指示に聞こえた。
(って、なんで俺がここにいるんだ?)
そんな事ばかり、頭をグルグル回っていた。
会議自体は予想通り、1時間程度で終了。さて、飛び込みにいこうかな、と思った矢先、また大森が加藤を引き止める。
「おい、お前どこにいくんだ! これから食事会だぞ!!」
「──え?」
何がなんだか分からないまま、大森の車に乗せられる。
「どこにいくんですか?」
「さっきもいっただろ! 食事会にいくんだよ!」
「って、遠いですね」
「バカ、食事会がそこらの定食屋だと思うのか!」
「──?」
車に乗る事30分程度。到着したのは某一流ホテルであった。存在自体は知っていたが、加藤の収入ではとても利用するのが厳しい所と思っていた為、当然中に入るのは初めてである。
「取りあえず、ビールをみんなに注いで回れよ」
「え? なんでビールがあるんですか? 食事じゃないんですか?」
「バカかお前! 食事会で普通にメシだけ食べるはずないだろが!」
「──?!」
良く分からないまま、ホテルの中へ。
宴会場のスペースであろうか、まるで結婚式の会場のような形にて席割りしてあり、加藤の席もしっかりと用意してあった。
やがて、料理が出てくる。中華のコース料理のようだ。
と、味よりもそんな事ばかり考えていた。
ビールを汲みに回る。
「○○営業所の加藤です、よろしくお願いします」
「おぉ、お前も飲めよ、返杯するのは当たり前だろ!」
「──え?」
若い男性だった事もあってか、加藤はコップ20杯程度のビールを飲まされる事になった。
(昼間から、なにやってるんだ?)
昼間から酒を飲み、豪華な食事を食べる。一般から考えると非常に不思議な光景である。
小1時間程経過したであろうか。いきなり壇上にスポットライトが。そして1人、登場してきた時に、思わずビールを口から吐き出しそうになった。
中堅的人気とはいえ、まさか歌手までよんでいるとは夢にも思わなかった。ディナーショー、いや昼間だからランチショーか。一体なんなんだ?
「え~、○○生命○○支社の人たち、こんにちわ~。今日は○×▼◆…」
何かをしゃべって、歌を数曲歌ったのだけは覚えているが……加藤は「なんで俺がこんな所に」という事ばかり、頭を巡っていた。
ホテルを出る頃には時計は17時になろうとしていた。
帰りの車の中で大森が一言。
「これだけメシ食ったのだから、7月は沢山取らなくてはダメだぞ!」
何かある意味ハメられたような気がしてならなかった加藤であった。
(それにしてもまだ1件も取れていない自分を選出するなんて、一体何考えているんだ、この人は)
と、そんな思いも。
当時、二度とは来る事がないであろうと思っていた会社の食事会。この時、日常茶飯事的にこれらの食事会に出る事になり、この派手やかさに慣れてしまう事になるとは加藤は知る由もない。
結果訪問、そして……
思わぬ出来事の為、1日遅れてしまった証券診断結果の訪問。早速翌日さっそうと訪問へ。
結果は、4件はルス。3件は「あら、そう。今は何も考えていないから」とあっけなく断られる。いきなり反応がある筈ないなとは予想していたものの、少しの希望もあった為、少々ショックを受ける。
(全件ダメだったらどうしよう……)
そんな嫌な考えが頭をかけめぐる。
(今まで2ヶ月近くやってきた事が全て無駄になる……その前に今月も取れなかったら会社に残る事は出来るだろうか……)
と、マイナスの方向にばかり考え、空想の中で時間だけが過ぎていく。
(まぁ……今回結果が出なかったら、退職しよう)
とまで思った程だ。
重い足を動かすのに、どれくらい時間がたったであろうか。入社以来、ここまで足が重くなったのは初めてである。気がつくと、空は朱色に染まっており、風が汗を乾かすかのごとく柔らかく吹いていた。
──とにかく、動かなくては……!
実に、時間にしたら3時間はたっていたであろうか。長い空想の世界から、ようやく現実世界へと歩みはじめた。
田畑さんの家へ。
自分の中で一番といっていい程、見込みがありそうな所である。
呼び鈴を鳴らす。
「あら、加藤さんいらっしゃい。どうぞお入り下さいませ」
丁寧にも、応接間に通して頂いた。
「このように保険内容をまとめてみました。旦那様の保険は▼◆○×~」
「なる程ね。ただ、○○生命の担当の人とは数年来のつき合いがあるのよね……」
「そうなんだけどね、私は去年入院してるのよ……」
モロくも見込みがガタガタと崩れる音が聞こえそうだ。
「一応、子どもさんの保険も持ってきたのですよ……」
正直、子どもの保険自体は設計書作成段階にてついでに等しい形で作成、持ってきたものなので、何の期待もしていなかった。
──が……
「あら、子どもだとこんなに安くなるの?」
「はい、年齢が若い事もありますし……」
「じゃぁ、入ろうかしらね」
「──!」
「加藤さんとお付き合いしておいて損はなさそうですし。旦那に相談してみるから、明日また来てくれる?」
「はい!」
あまりの意外な答えに、帰りの階段にてズリ落ちた程、舞い上がっていた。
(初めての契約になるのかな?いや、旦那さんが反対するかもしれないし……)
人生を大きく左右される結果になる、大袈裟ではあるが、そのくらいに思っていた。
夜、帰宅後。
期待と不安にて眠れない事を想像していたが……よほど精神的に疲れた為か、いつも以上に速攻で寝てしまう。
翌日。
運命の判定が下される日。
今までにこれ程緊張感を味わった事は今までの人生にてなかったと思う程であった。
会社の朝礼は、当然のごとくうわの空で何も覚えていない。勝野が何かをいっているが、右から左状態でから返事しか出来なかった。
朝礼後、返事を聞きにいくが為、地区へ。
呆れるかと思われるが、この時ばかりは神頼みという事にて神社へ出向き15円をさい銭としていれる。ちなみに15円の意味は「十分御縁がありますように」という意味を込めて──
──この神頼みは今後しばらく加藤は続ける事になる。
神頼みが終了、いよいよ結果を聞きに田畑さんの家へ。
──ピンポ~ン
「あら、加藤さん、こんにちは。旦那に聞いたら……」
「いいっていったから、契約しますね」
「──! ありがとうございます!」
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