第14話 決心、そして・・・(第二部最終話)
決心、そして・・・
──3月。
加藤は何ともいえない緊張感に包まれていた。そう、トレーナー職辞退を決心したものの、中々前に進まないのである。
すっかり読者の皆も忘れているかと思われるが、元々加藤はかなりの小心者、飛び込みも最初はドアノックするまでにドアの前で数分固まっていた程である。
緊張感という点においては、最初のドアノック以上のものが重くのしかかっていた。確かに言いづらい事……ではあるので。
朝礼が終わり、10分以上も固まったままの加藤をみてさすがにじれったさを感じたのか、勝野が加藤の脇腹にエルボーを喰らわせながら、ドヤしてきた。
「おい! お前いつまでそうやって固まってるんだよ! はよいけよ!! ほら!」
「は、はい……」
気が進まない中、確かにこのまま固まっていてもしょうがないと思い、重い足取りで営業部長のいる机までの距離を歩く。非常に長い距離に感じたが、実際には10mちょっとの距離なので、あっという間に営業部長の目の前に来ていた。
「ん? 何だ、加藤」
恐ろしい程、優しい顔で語りかけて来る営業部長に、少々心が痛む。思わず決心が揺らぎ、何もなかったかのように今のままでいるのも悪くはないかも、とも頭を過る。
よくよく考えればトレーナー抜擢にしても、営業部長は加藤のためを思ってしてくれた措置であったのは想像するに難しくない。勝野のような特例を除き、男性職員の多くは管理職、ノルマに追われる事なく、比較的高給が得られる事に憧れているので。
誰も希望したら成れるものではなく、上からの抜粋があってはじめて成れる立場。それこそ一つの成功の形といっても言い過ぎではないであろう。
本来ならば最低2年は誰からも文句のない成果を挙げてから、初めて視野にみえてくる立場。それを、1年という非常に短期間で抜擢するというのは、加藤自身の成果だけではない、営業部長自身の「期待」も込められたものであったといえるであろう。
その「期待」をわずか1年という期間にて放棄する事は、どれだけ営業部長の感情を逆なでし、悲しませる結果になるか。それを考えるとやはり憂鬱になる。
(あぁ……やはり今のままトレーナーをやるのも悪くないか……な)
「──藤、加藤、おい、加藤!!」
「は、はい!」
「お前、何か用事があるんだろ? 何ボーっと1分も突っ立ってるんだよ!」
1分というのは大袈裟かもしれないが、長い事ボーっと妄想に耽っていた加藤であった。
「あ、いや……じ、実は……こ、今月も──」
「あ、営業部長。こいつ、トレーナー辞めさせて欲しいみたいですよ。自分の性にはあわないって。営業やってた方が気がラクだって言ってますよ」
「──?! 加藤! お前、どういうつもりだ!!」
「あ、いや……その……」
「お前、ちょっと来い!」
と、応接室へと連れ込まれた。
ちなみに、いきなり横やりを入れて来たのは、加藤の様子に痺れを切らしてズカズカとやってきた勝野であった。恐らく、勝野がやって来てズバっと言わなければトレーナーを継続していたであろう。
その後の会話は覚えていない。一方的に凄い剣幕で怒鳴り散らしている営業部長をテレビ越しで見る感覚で、ボーっと妄想に浸っていた。そして、心の中で泣きながら、呟いていた。
(今まで有難うございました。ホント感謝しています。そして、ごめんなさい……)
「──藤、加藤、おい、加藤!!」
「は、はい!」
「お前、俺をおちょくってるのか! ボーっと明後日の方向、向きやがってよ!」
どうやら、表面上はかなりムスっとした表情で明後日の方向を向いていたらしい。ハっと表情を一変させ、営業部長の方を向こうとした瞬間、
──バキ!!
強い衝撃があったと思ったら、一瞬天井が見え、ガツンという後頭部の衝撃と共に目の前が真っ暗になる。そして、左目下当たりに激痛が走る。そして頭上から絞り出す様な声で、営業部長がしゃべる。
「お前……恩義という事を知らんのか。この……裏切りもんの薄情者めが……。お前の事なんかもう知らん! ったく、最近の若いもんは……」
──右ストレート。いきなり殴られるとも思わなかったが、絞り出すような声でいった言葉の方がズシンと加藤の心が痛んだ。
(今まで有難うございました。ホント感謝しています。そして、ごめんなさい……)
その後、非常に事務的な作業を終え、静かにトレーナー職の解任が終了した。 (といっても、今月一杯はトレーナー職となるのであるが)
時間にすれば1時間少々ではあるが、非常に長い、辛い時間と感じ、自分の席に座る時にはまるで1日中飛び込みを休み無しにしてきた程の疲れがドッと加藤を襲った。
「よ、異端児」
トン、と缶コーヒーを加藤の机に置き、話し掛けて来たのは勝野である。
「まぁ、大変だった、な。うわぁ、お前、酷い顔してるなぁ。左目の下、冷やした方がいいぞ。で、何だその泣いたような目は。そんなに営業部長のパンチは効いたかよ」
知らずうちに、どうやら涙が出ていたようである。
「い、いや……そういう訳じゃ……」
「ま、これでお前も異端児になった訳だ。これまでは営業部長とか支部長とか良くしてくれただろうが、今後は滅茶苦茶冷たい仕打ちになるだろうよ。ま、覚悟しとけや。ま、好き勝手に生きてれば色んな犠牲もつきもんだわな。これではるばるお前は自由の身だ。良かったな!」
「は、はぁ……」
果たして、加藤の選択が正しかったのかどうか……これは誰にも分からない。
自分の幸福(希望)を叶える為には、犠牲も伴う事がある。その事を身を持って経験した加藤であった。
数カ月後
「え~、本日の成果発表をおこなう。……加藤、3件○○万。おめでとう! ん? 加藤はどこいった?」
「あ、加藤なら朝からアポが入っているという事で先程もう出ていきました」
「ん? またか。ったく、しょうがない奴だなぁ。夜になっても帰って来ないし、これで成績あげてなかったらとっちめてやるのに……」
トレーナーを降り、営業畑に戻った加藤はまさに水を得た魚のように動き回っていた。まるで今までの鬱憤を晴らすかのように。
あれから数ヶ月、営業所で加藤の姿を見たという人はあまりいなくなっていた。 それもその筈、朝の朝礼時には外に出ており、帰って来るのが毎日20時過ぎであったが為、普通に出勤している人とは思いっきりすれ違いしているのであった。
数字は上々、本来ならまず注意される出勤体系ではあるが、誰1人として注意する人がいなかった、いや、出来なかったといっていいであろう。それだけの数字を挙げているのだから。
「ま、アイツは外で飛び回っている方がいいという事だな。まぁ、アイツを見習えとはいわないが、皆も頑張れよ」
「はい!」
加藤の突然といえるトレーナー辞退の事件が漸く過去の出来事になった瞬間であった。
外の風景
「こんにちは~、今度こちらの地区の担当になりました加藤といいます。今日は御挨拶という事で訪問させて頂きまし──」
「うちは結構です!」
「あ、分かりました。自己紹介ビラをいれておきますので今後ともよろしくお願い致します」
加藤はがむしゃらに動いていた。アポが入っているから、といって会社を出て来てはいるが、そんな都合よくアポイントなんか入る程世の中甘いものではなかった。
あくまでも「1件でも多く飛び込みを」する為の口実に過ぎなかった。営業に戻る事になり、最初に思い付いたのが、飛び込み。思い付くも何も、最初から最後まで飛び込みオンリーでやってきた加藤にとって他に選択肢が見つけられなかったのが事実である。
いわば、加藤は自分から敢えてプレッシャーをかけて次の一歩に繋げるという動きを自然としていたのである。
──営業は動いてナンボの世界。いつになっても有効なのは「自分の足をどれだけ動かしたか」を地で行っている訳だから、成果は自然とついてくる。
さらに契約をとったからといって足を止めずに、ただただ無心で動き回っていた訳だから気がつけば誰も文句のつけようのない数字となっていく。事実、加藤はここ数カ月何件の数字をあげていたかは全く把握していなかった。
ただただ、「営業が出来る」喜びだけで動いていたのである。
営業所、夜
「おぅ、お疲れ。今日はどうだった?」
「いや……今日は成果出ませんでした。勝野リーダーはどうでした?」
「へへへ、俺は今日は2件だな」
「う、やりますなぁ。明日頑張ります」
「って、お前取り過ぎだって。全然追いつけね~じゃんかよ、俺」
加藤が営業に戻った後、ほぼ毎日のように2人の報告会は続けられていた。 というか、勝野が気を遣ってか、加藤の帰りを待ってくれている訳であるが。 このささやかな気遣いが加藤にとってはこの上なく嬉しく、支えになっていた。
もう上司・部下の関係でなくなり1年以上経過、それでも加藤にとっての上司は勝野であると。恐らく今後ずっとその関係は変わらない事であろう。
「来月は重大月かぁ。お前何かネタある?」
「いや~、全然ありませんよ。ホントピンチですよ」
「またまた~、また何か大ネタ隠してるんじゃないんか?」
「そんな事いう勝野リーダーだって、ネタ隠してるんじゃないです?」
「俺? いや~、ないねぇ。ま、ないもの同士、また賭けするか」
「ん~、いいですよ。ただ、賭けであまりいい思いした事ないんですよ……」
「気のせいだって、恐らく今回は俺が負けるよ。うわ~憂鬱だなぁ~」
実に微笑ましい会話が続く夜の営業所であった。
ふと勝野が話題を切り替える。
「加藤、お前保険の営業好きか?」
その問いに迷う事なく加藤が答える。
「はい! この仕事がやれてホント良かったと思ってます!!」
心無しか、勝野のみならず、営業所がにっこり微笑んだ気がした。
(fin)
あとがき
たくみです。
ここまで読まれた方、お疲れさまでした。これを読まれて下さった方は薄々と感じているかと思いますが、限り無くノンフィクション、自分の経験をかいつまんで書いてきました。
ちなみに、この物語は某雑誌にて2年の間連載したものに手を少々加えて出版直前までいったモノです。(どうやら出版はなくなりそうなので、電子書籍/web上upとしました)
この物語にて皆に知って貰いたかった事、伝えたかった事はただ一つ。「営業は楽しいよ、面白いよ」という事です。振りかえって見ると、辛かったのは最初の数ヶ月。
その後以降、少なくとも営業という仕事においては何の不満もありませんでした。普段では絶対といっていい程出会う事も接点も持たないであろうという人達との接点も出来ますしね。
ちょくちょく質問される事あります。
「あなた、かなり成果あげてるよね。一体どんな話法とか使ってるのさ」と。
誤解されている方も多いかもしれませんが、この物語の主人公、加藤と同様、私は何の話法も用いておりません、というか元々口ベタですので、やろうとしても出来ません。
では、どのようにして数字をあげてきたか?非常に単純な答えでして、「足を動かす事」のみを徹底してきました。ま、加藤と同じです。
人と人が仲良くなるのは、優れた話法とか何も必要ないですよね?それと同様。 ただひたすら「足を動かす」事ですね。後は、嫌われない事、と。 特別な事をする必要はないです。これはいつの時代も変わりありません。
あなたは、保険は好きですか?
人に笑顔を貰う事、好きですか?
日本語をしゃべる事、出来ますか?
これだけの事が当てはまれば、きっと大丈夫です。 明るい未来、きっと出会えますよ。
頑張って下さい。
少しでもこの物語にて皆様のお役にたてるきっかけに、この上なく幸いです。
挿話
これは…かなりイジってます。
連載用のキレイなエンディングですね。
えぇ、、手元には既に3部終了までのページはあるのですが、、「これはここできれいに終えた方がいいだろうな、、」と改めて思いました(笑)
第3部は、、何度もいうようにダークです。
ま、、自分がその後「大きな声では言えない生保会社の裏事情」たるメルマガを発行していった経由を考えれば想像するに難しくないでしょうが。。
一部の方には第3部を読んで貰っていますが、、多くの方が、それこそ営業未経験の方ですら「これは、、若い頃の苦労を思い出してドヨヨーンになる。。」という言葉をそろえて仰られているくらい。。
一応、以後も連載続けていきますが、心の弱い方は以後読まない方がいいかも。。
「理想と現実の大きなギャップ」
まじまじと書いていきますので。。
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