第5話:おくりびと(2)
「加藤君……今日時間取れる?」
山田さんの件より2日後、加藤の携帯を鳴らした人物がいた。他営業所ながら何かと交流を続けてきたあの山口である。田中と良い仲になって以後、気を利かせてか疎遠になっていた山口からの連絡に少し心を躍らせながら、加藤は二つ返事で会う約束を取り付けた。
「え~、今日も~? 私という女を差し置いてまた違う女と会うの~? 明日はこないだの分も合わせてしっかり慰めてね、ダーリン♡」
……等と訳の分からない九重の言葉を背に受けながら、待ち合わせ指定の場所へと足早に歩を進めた加藤であった。
「加藤君、こっちこっち♪」
相変わらずの笑顔で手を振る山口に自然と笑顔で応える加藤。少し暗めの電話の声が気になっていたが、杞憂であったと胸をなでおろす加藤。が、席に着いたとたん、沈黙が2人の間を包み込んだ。あれほど明るく饒舌だった山口の姿はそこにはなく、酷くやつれ暗いオーラを全身にまといながら少し俯き加減で黙って座っている、まるで別人の様に変貌した山口がいた。
「あ、あの……な、何かありました? 随分とやつれている様ですが……」
「……そういう加藤君も随分とやつれてるみたいだけど、新婚生活そんなに大変なの?」
「……そっか、山口さんには伝えてましたね。……ちょっとまだキツイので全ては話せないですが、結局ナシになっちゃいまして……」
「え? 別れちゃったの? あんな仲良さそうだったのに、どうして?」
「……永遠の別れってヤツです」
「え、永遠の別れって……え? それって、まさか──」
「察して頂けると……正直、まだキツいんですよ……気を抜くと、一気に崩れそうで……」
「ご、ごめん! まさかそんな事になってるなんて夢にも思わなくて。私の話、聞いて貰ってる場合じゃないじゃん! 今から遊園地行く?」
「あ、気遣わなくていいですよ。まだ人の話、聞いてた方が気が紛れますから。山口さんの話、聞かせて下さい。……こんな暗い山口さん、初めてみましたから。余程、深刻な話ですよね。何がありました? 俺じゃ頼りないかもですが、俺でできる事なら何でもしますので、何でも言って下さい」
「え、え~っとね……そこまで大した話じゃなくて悪いんだけど……加藤君に保険設計のシミュレーションして貰おうかなって。……ここ最近スランプでね……加藤君だったらどうやるのかな~って思ってね。……5件程あるけど、いい……かな?」
「それくらい容易い御用ですって! 5件でも10件でもいくらでも付き合いますよ~」
「ありがと。早速だけど、このケースだったら────」
その後、3時間にも及ぶ長い談義が行われた。そして──
「──ってな感じですね。まぁ、あくまでも俺だったらこうするよ、という話ですので、参考になる部分だけ取り入れて後は山口さんがアレンジしていけば──」
「ふぅ……やっぱり思った通りだ……やっぱり私の決断は間違いじゃなかったんだ」
「──え? 決断って?」
「実は……ね。私、今月いっぱいで会社、辞めるんだ……」
「──は? ど、どうして……?」
「毎月成績に追われるのが辛くなっちゃってね……もう潮時かな~って。……私ももう若くないからね」
「い、いや……まだ山口さん、29歳ですよね? 全然若いじゃないですか。何を言っ──」
「私を好きって言ってくれてる人がいてね……プロポーズも何回もされててね……仕事を理由に断ってたけど、こないだ……ね」
「あ……そ、そうだったんですか。お、おめでとうございます。ただ、間違いじゃなかったって……あれはどういう意味ですか?」
「加藤君とは同期だけど……凄い差、ついちゃったな~って。こんな設計できる様になる自分、想像できないな~って。……こういう人が、登り詰めていくんだろうな~って」
「…………」
「ありがとね、引導渡してくれて。おかげで、未練残さないまますっきり辞めれるよ」
「…………」
「今の契約5件、明日そのまま設計書持って来てね。明日、私が一緒に同行するから」
「──え? そのまま山口さんがとった方が手数料──」
「最初からそのつもりだったから。……私の最後は、加藤君に契約しようって……前から決めてたから」
「ど、どうして俺なんかを──」
「思えば長い付き合いだよね。最初は、施策旅行だったっけ? 何度もジェットコースター一緒に乗ったよね。……楽しかったな~」
「……俺は死にそうな思いして乗ってましたけどね」
「www それから勉強会で一緒になって……毎晩ビアパーティの場所決めで飲み歩いたよね」
「……あの時はホント助かりました。あれがきっかけで、俺……変われましたから」
「www 意味不明だったよ、色んなお店と提携して社内営業とかまでしてたしね。……会う度に訳分からない事してる加藤君に随分刺激貰ったな~」
「いや、それだったら俺だって……どれだけ山口さんから刺激を貰ったり……助けて貰った事か。俺が社内で孤立した時だって……ホント、嬉しかったです」
「www ビックリしたよ~、いきなり彼女兼婚約者ができたって聞いた時は。いや……予感はしてたかな、2人で楽しそうに勉強してる様子みた時に、ね。凄い絵になるというか何というか……だから、話聞いた時はやっぱり……って思ったかな」
「……」
「その時くらいからかな? 加藤君に……嫉妬もしてたんだ。同時入社なのに、どうしてここまで差がついているんだ? これからどれだけさらに差がつくんだ? って。……惨めな気持ちになるんだろう……って」
「……」
「あれから加藤君が異次元の実績出してる時、私は数件のノルマすら手こずって……努力すればする程、虚しくなって……そんな時、彼氏に3回目のプロポーズされて、ね」
「……」
「最初から分かってたんだ。……加藤君は遠く羽ばたく人だって。いずれ手が届かない所にいってしまう人だって。……だから、最後は加藤君から保険入ろうって決めてたんだ。この私が3年ちょっと生き残れたのは……紛れもなく加藤君のおかげだから」
「……俺だって、山口さんがいなかったら……生き残ってなかったかもしれませんから」
「お世辞でもありがとね、そんな事言ってくれて。さて! しけた話はこのくらいにして、今から飲みにいこっか。ちょっと早い送別会と私の結婚祝いも兼ねて♪ さ、いくよ!」
「──え? ちょ、ちょっと──」
──最後にあったのが1月の初めの方だったっけ? いつの間にか同棲……というか同居してて、あの時の加藤君の話、聞くの……辛かったな。笑顔作るの……大変だったんだから。
──え?
──喜んであげなきゃいけないのに、祝福しなくちゃいけないのにって思ってたけど……笑顔でいる自信なくって……ね。
──そ、それって……ま、まさか──
──やっぱり気付いてなかったんだ、この鈍感男!
──す、すいません。
──あの日、あれから一晩中泣いたんだからね! 一週間くらいショックでご飯もロクに食べられなかったんだから、この私が!
──す、すいません。
──悪いと思うなら、3杯一気飲みしなさいよ!
──無理ですって! 何回一気飲みさせられてるんですか、俺!
──wwwwww
この後、山口家夫婦を始め、結局5家庭程の設計を行った加藤。山口が加藤を紹介する際、毎回「私が在職中一番よくしてくれて一番優秀で一番信用できる人」と言っていたのが……何ともこちょばゆかった。
──どんな形でもいいから、保険に携わる仕事、続けてね……陰で応援してるから、ずっと。
山口の最後の別れの時の言葉──加藤はこの時から既に……
挿話?
この回は途中まで普通の小説の様に書こうと思ってましたが、そうすると異様に長くなりそうだったので、気合で途中から会話中心で1回でまとめまてみました。読みにくかったらごめんなさい。
前回書いた様に、自分は同じ会社の人等の契約がそこそこありました。特に印象に残っているのが……この山口でしたね。
基本、営業物語で恋愛話は書かない予定だったので今まで「付き合う云々はない」と但し書きを入れていましたが、ほんの少しタイミングやら何かが重なったら、普通に付き合って、もしかしたら結婚していたかも……といえる人物でした。よって、「結婚して退職するよ」と聞いた時、ちょ~っとばかし複雑な気持ちになった……のは今だから言える事ですね。
まぁ、ここら辺の時期には大分割り切りが出来る様になっていましたが、内心辛かったですよ、「出来が違う」「住む世界が違う」「才能が違う」等と言われるのは。
「俺はお前みたいになりたかったんだよ! 目標としていたんだよ! そんな事、言うなよ!」
心の叫びでしたかね、当時の。
また、山口は営業所こそ違えど、最後の同期だった事もあり、彼女が退職というのは他の人と比べてかなり心に来ましたね。
さて、こう思われる方もいるかもしれません。
「え、えっと……第3部最後の話と繋がってる? 退職は? 外資は? あれ?」
こう見えても、キレーに一本筋で繋がっていきます。ま・・・おいおいと。
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