序章:面接
気のせいに違いないが、ドアの隙間からまばゆいばかりの光が出ている気すらした。一歩、一歩足を前へ進ませるごとに、心臓の鼓動が早くなる。エレベーターから降りて距離はおそよ10m、時間にすれば10秒前後にすぎない道をまるで1時間でもあるのではないか、という程の時間を感じている。そして、ドアの前へ立ち、思わずゴクリと息を飲む。そしておもむろにドアをあげて回りを見渡す。
(ん?何か閑散としているなぁ。もっとギッシリ人がいるかと思ったのに。で…受付はどこだ? あれ? ない?? どうしたらいいんだろう)
この時の加藤(この物語の主人公)を見た人は皆間違いなく「何?この怪しいボウヤは?」と思ったであろう。加藤は頭の中に抱いていた営業所のイメージとかなり違う事より困惑を隠せずにオタオタしていた。思わず回れ右して帰ろうかとすら考えた程である。このままではいけない、どうにか状況を打破しなければ、と思い直し、思いきって声を出してみる。
「し、失礼します」
シーン…
第一声での反応は全くなかった。(後に聞いた話では、この時の加藤の声は虫のごとく小さく誰にも聞こえなかったとの事ではあるが、本人は全く自覚していない。)
(え…反応がない?ど、どうしたらいいだろう…)
加藤の焦りはマックスに。端から見れば今にも泣き出しても不思議ではない表情をしていたであろう。頭がパニック状態で何も対抗策を思い付かずにオタオタしている時、加藤の後ろから忍び寄る影が。そして加藤に話しかける。
「ん? お前みかけないヤツだなぁ。何やってるんだ、ココで」
ハっとその人物の方を見た瞬間、加藤の顔色がサーっと血の気を失っていった。 推定一応上下スーツを着ているが、髪型はオールバック、目つきが非常に鋭く、ガタイもいい。一言でいうならば「パっと見、ヤクザ」であった。喋り方もドスが効いており、加藤をビクつかせるには十分すぎるインパクトであった。
「ひぇッ…」
「何がひぇッだ。お前何してるかって聞いてるんだよ!」
まるでホントのヤクザみたいな突っ込み(?)である。この時加藤の頭の中には「なんとかして逃げなくては」という事で埋め尽くされていた。取りあえずこれ以上この人を逆立てしてはいけない。勇気を振り絞り、加藤はこの人物に事情を話す。
「い、いえ…今日11時にこちらに来るようにいわれてまして、面接で来、来ました」
「あぁ、そういう事か。(視線を加藤から営業所内に変え)営業部長~面接来てますよ~」
どうやら、この人物はココの社員らしい。なんでこんなイカツイ人物がここに? と思いつつ、その人物に呼ばれて奥の方から出て来た人物を見て、さらに加藤はおののく。推定50歳前後、白髪まじりの髪型はビチっと固められ、眼鏡越しに見える目つきは異様に鋭い光を発している。先程の人物が若手中堅ヤクザとするならば、営業部長と呼ばれる人物は一言、親分を想像させた。
「おぅ、支社長から話は聞いとる。お前が加藤君かね。じゃ、こっち来て」
と、営業部長といわれる人物に呼ばれてそこまで歩いていく気分は、先程営業所に来る時の足取りとは逆に、まるで死刑台へ向かって歩いている気分すらした。
この第一印象はある意味正解であった。が、本当の意味で知るのはかなり先の事となる。
応接間、促されるままにソファーに座らされる。営業部長といわれる人物の隣に、推定60歳前後と思われる人物、そして何故か自分の隣に先程加藤をビビらせた人物が座っている。
「おぉ、そうか。それは頼もしい。じゃ、来年からよろしく頼むよ。で、お前の指導はお前の隣に座っている勝野に任したから、分からない事あったら勝野に聞いてやってくれ」
「え? 試験とか何かないんですか?」
「ん? 試験なんぞ誰でも受かるし、俺の面接はこれで終了だ。お前もやるっていったしな」
何が何だか良く分からない。が、どうやらいつの間にか採用になってしまい、先ほどのイカツイ人物、勝野が自分の上司になるっぽい事らしい。ちなみに余談にはなるが、確かに試験は誰でも受かるような内容であろう。一般課程という生保販売の資格は、正直勉強しないでも受かるのではないか、とすら思う内容であったので。。
「じゃ、よろしくな。ちょっと話そうか…」
と、勝野が立ち上がり、事務机の方へ歩いていく。加藤はいわれるがまま、恐る恐るついていく。勝野の指定席らしい所へ座り、加藤の目を見据えながらゆっくり話し出す。
「ま…お前がどれだけ続くか分からんが、この仕事はやった分だけハネかえってくる仕事だ。ただ、生半可な気持ちじゃ出来ないぞ。元々は生保営業は女性の仕事だ。男は不利だ。普通にやってちゃ取れないんだよ。だから、少なくとも人の2倍は動かないとな。男は出来て当たり前、ノルマも通常の2倍が当たり前なんだよ!」
ひぇ…と心の中で叫ぶ。どこの会社に初日でこんな事をいう所があるだろうか?普通なら誰も入らないのではないだろうか? が、次の勝野の言葉を聞き、勝野に対するイメージが少し変わる事となる。
「…とまぁ、最初から厳しい事いうのは、お前が男だからだよ。甘い気持ちじゃとても出来る仕事じゃないからな。これで怖じ気付くようなら今のうちにやめた方がお前の為だしな。こんな事嘘ついてもしょうがないし」
確かにその通り、最初は優しく、入ったら地獄~というよりは最初からズバっと言ってもらった方が有り難い。厳しい環境…には違いないだろうが、逆にラクしてお金が得られる程世の中は甘いものではない、と。利に叶っている。
思わず納得した加藤は勝野に尋ねる。
「あの…逆にいえば苦労すれば1年目より年収1000万とかも可能って事でしょうか?」
その問いに、勝野はニヤっと笑い、答える。
「ま、お前の目の前にいるヤツがそうだったから、間違いないかもな」
その言葉を聞いた瞬間、加藤はココで働く決心をした。
「では、来年よりよろしくお願いします!」
「ん。ま、お前はまだ学生気分が抜けていないようだからビシビシ入社までに鍛え上げてやるよ」
「え…?」
「取りあえず、来月から毎週水曜日、14時くらいにココへ通え。色々教えちゃる」
「え? きゅ、給料とかは出るんで──」
「アホか!出るわきゃないだろが!逆に指導料をお前から取りたいくらいだわ!!」
「ひぃ、す、すいません」
「じゃ、来月からヨロシクな」
時間にしたら約1時間弱…加藤の採用が事実上決まった。
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